第377話 ある意味最良です④
熱い。
苦しい。
身体がバラバラになりそう。
涙が流れた感触がする。
それを誰かにそっと拭われる感触も。
…ラファエルかな……?
そう、だよね?
それ以外の誰かだったら嫌だな。
助けて…
ラファエル…
手を伸ばしたいのに動かない。
お願い…ラファエルがいるって、証明して…
その時私の手が何かに包まれた感覚がした。
「大丈夫。いるよ」
ぁぁ……
ラファエルの声がする…
良かった。
心なしか熱さも苦しさも和らいだ気がした。
「ラファエル様」
「………捕らえたか? まさか究極精霊が追った者達を捕まえられなかったなんて言わないよな」
「はい。首謀者と実行犯3名。計4名を地下牢に繋いでおります」
「そうか。尋問はルイス指揮の下、行わせる。容赦するな。俺のソフィアに手を出しておいて、ただで済むと思ってたら大間違いだ」
「御意」
私に話しかけてきた声とは、まるで別人のように冷たく、ゾクッとする。
………私に手を出す……
一瞬首を傾げそうになったけれど、毒に倒れたんだったと思い出す。
またラファエルに迷惑をかけてしまった。
私、ホントダメ王女だな…
学園の中でならって、安心してどうするの。
王宮でいたときも連れ去られちゃったのに。
何も出来ない令嬢達ばかりだって、本当に甘い考えだった。
ちょっとした子供のイタズラで済まされることじゃない。
………王女としての自覚を、狙われる対象なんだと、もっと警戒しなきゃいけなかったのに。
謝らなきゃ…
ちゃんと、ラファエルに…
開いて私の目…!!
無理矢理瞼を開こうとして、優しい手が覆ってきた。
不思議に思っていると、また優しい声がした。
「休んでていいよ。何も考えないで、回復に専念すればいいから」
私の意識が戻ったこと、気付いてくれたんだ。
また涙が流れた。
「ソフィア……辛い……?」
「ち、が……」
あ、声が出た。
でも、上手く言葉になってくれない。
喉もやられたようで、痛みが走る。
でも、これだけは…!
「ラ……ファ、エ、ル…」
「喋らないで。毒がまだソフィアを蝕んでいるんだ。無理したらいけない」
「ご、めん……な、さ……」
「………お願いだから、喋らないで…」
涙を拭うためか、瞼の上に置かれていた手の感触がなくなって、今度は頬を滑っていく。
目を開くと、涙で歪んでいるけれどラファエルが覗き込んでいるのが見えた。
そして、ラファエルの瞳も揺れているのを見る。
………どうして、私はいつもこの人を悲しませてしまうのだろう。
そんな顔をさせたくないのに。
何度も心の中で謝罪する。
迷惑をかけているのに、私なんかが王太子であるラファエルの手を煩わせることになるのは、許されていいことではないのに…
ちゃんと動いて…私の喉…!
「ごめ……めい、わく……」
「かけてない!」
「ふ、さわ……」
「ソフィアが唯一俺に相応しい相手なんだよ!」
「そ、れで………も……」
「………喋らないでよ……もう……」
「もぅ……はなれ……」
「っ……」
「られ、ない」
多分、私が離れたいと言うと思ったのだろう。
唇を噛んで、涙目で睨まれ、私を怒鳴りつける準備をしていた。
けれど最後まで私の言葉を聞き、ポカンとした顔をするラファエル。
身体が熱くて、息が苦しくても、そんな事は関係なくてラファエルの顔が可愛いと思うぐらいには、余裕が出てきた。
「こ、んな……なって、も………ラ……ファ、エル……す、き……だか……ごほっ」
「ソフィア!」
ああ……あと少しなのに…!
離れたくないと、離さないでと言いたいのにっ!
ラファエルといたい、サンチェス国に送り返さないでっ。
咳き込み始めれば、止まらなくなった。
喉が痛い。
胸が痛い。
全身が痛い。
視界の隅でラファエルがガッと何かを手に取り、自分の口に手に取った物の中身を含んだ。
咳き込んで横に向いて丸まっていた私の身体が、ラファエルに無理矢理上向きにされ、激痛が走る。
痛みに耐えていると、唇を塞がれた。
そして乱暴にこじ開けられたと思ったら、ぬるりとした液体が口の中に流れ込んでくる。
気持ち悪い液体を吐き出してしまいたかったけれど、唇を塞がれ飲み込む他なかった。
痛いのと苦しいのと気持ち悪いのとで、ボロボロと流れる涙は止まらない。
両手は固定され、多分ラファエルが私の上に馬乗りになっているから、身体を動かすことも出来ない。
どんな拷問なの!
これがラファエルに迷惑をかけた私への罰なのだろうか。
そんな事を思っていると、スッと喉が焼けるような痛みが少し引いていくのが分かった。
ハッとして目を開くと、ラファエルの深紅の目と合った。
今のはひょっとして……解毒剤…?
あんな気持ち悪い解毒剤なんて、初めて飲んだ…
私が落ち着いたのを見て、そっとラファエルの顔が離れていく。
………っていうか……今の……口移し!?
カッと身体が熱くなる。
で、でも私毒のせいで熱でてるみたいだからずっと顔赤いよね!?
ば、バレないよね!?
「………無理して喋るからだよ。大人しく寝て。良くなったら話聞くから」
冷たい目で見下ろされ、息を飲んだ。
お、怒ってらっしゃる…
「今更口移しぐらいで恥ずかしがらなくてもいいと思うけど?」
「っ!?」
「ソフィアの意識がないときも、俺がちゃんと解毒剤飲ませてあげてたしね」
人が意識を失っているときに、何をしてらっしゃるんですか!?
「ああ、でも…」
ラファエルが私の上から降りながら、ふと思い出したように私を見る。
「ちゃんと分かってるみたいだから、お仕置きはなしでいいよ」
「………?」
ラファエルの言葉の意味が分からなかった。
でも機嫌は直ったみたいなので、まぁいいかと気にしない方向にした。
「傍にいるから、もうちょっとおやすみ」
また手を握ってくれるラファエルの温度に安心して、私はゆっくりと目を閉じた。




