第375話 ある意味最良です② ―R side―
精霊に呼ばれ、授業中の教室を飛び出した。
全速力で精霊の案内の元、向かった先に精霊に抱えられているソフィアを視界に捕らえた。
濡れるのも構わずに外へ出てソフィアの名を呼ぶ。
一瞬視線が合った。
けれど、そのままソフィアの目は閉じられた。
「ソフィアダメだ! 目を開けて!!」
ガッとソフィアの頬に手を当てるけれど、あまりの冷たさに俺は1度手を離してしまった。
「………ソフィア…?」
もう1度触れようとする手が震えているのに気付く。
「くそっ!」
俺は精霊――風精霊からソフィアを奪い取るようにして、この手に抱く。
「ソフィアの中へ! 少しでも体力維持を!」
風精霊と水精霊が頭を下げ、消えた。
「ラファエル様!」
「きゃぁ! ソフィア様!?」
マズい。
後先考えずに飛び出してきたから、俺のクラスの生徒と教師が何事かと集まってきていた。
ローズ嬢がソフィアを見て真っ青になり、駆け寄ってくる。
マーガレット嬢が口を押さえ、震える。
他の者も似たり寄ったりだ。
くそ……このままでは精霊で王宮に飛んでいけない。
俺は精霊の契約者だと、貴族領主には伝えているが、学園では表沙汰にしていない。
それによって群がる連中がいないようにするために。
領主達は自分の子に口外しているだろうけれど、それを俺の口から大っぴらにすることはまだしていない。
王族だけの契約にすると公表はしているけれど、自身が契約者だと言っていない。
「ソフィア! ソフィア!!」
ローズ嬢が涙目になりながらソフィアの身体に触れようとする。
「触らない方が良い。ソフィアは毒を盛られた」
ビクッと彼女は反応し、涙目のまま俺を見上げてくる。
ざわりと他の生徒も動揺する。
「ソフィアの身体にも付着しているかもしれないから触らないで」
「………っ」
ついにローズ嬢の瞳から涙が流れ落ちる。
「で、でしたらラファエル様も離れてくださいませ!」
「そうですよ! もしラファエル様がその王女から毒を移されたら!」
「同意見です! この国にとって唯一無二のラファエル様を失ったらこの国は!!」
「なっ……!?」
生徒の言葉に反応したローズ嬢とマーガレット嬢が口を開く前に、俺は生徒たちを睨み付け、口を閉じさせる。
「………へぇ」
自分でも思っていたより、かなり低い声がした。
一刻も早くソフィアを王宮へ連れて行き治療したい。
でもここをそのままにしておけば、対立が起きてしまう。
それはソフィアが望まないだろう。
「ランドルフ国にわざわざ足を運んでくれている他国王女は、しかも私の婚約者は、唯一無二の存在ではない、と」
「………ぁ……」
「この国の出身者でない者は、どうなってもいいと、そういう事を言っているんだよね」
「そ、そんな…わ、私は……」
失言では済まされない言葉を口にした生徒は真っ青になる。
「………どうやら私の国民の中には、前までの国の状態を維持したかった者が多いらしい」
全員の顔色が変わった。
この国の以前の光景を知らない者はいない。
「ランドルフ国に今があるのは、このサンチェス国王女であるソフィア・サンチェスが、ランドルフ国民の為に食が行き渡るよう、サンチェス国王に助けてくれと自ら頭を下げてくれたおかげで救われたんだぞ。更にランドルフ国が以前のように死んだりしないように尽力してくれているのにな」
「え……」
旧国派の者の親族は、真実ではなく、当主から歪んだ偽真実が語られている場合が多い。
先程の意見を言った生徒はその1つの家の者だろう。
「ソフィアを手放せという事は、ランドルフ国に死ねと言っていることと同じだと思え。ここでソフィアが我が国からいなくなれば、サンチェス国との同盟は終わる。食の流通も止まる。サンチェス国から見放された我が国は他国も縁を切ってくる。我がランドルフ国はサンチェス国の他国間信頼に敵うわけがないのだから。そして縁を切られれば当然ソフィアが出したアイデアは使えなくなり、極寒の地で我らは朽ち果てる道しかない」
そんな事も分からないこの国の貴族は、もう一掃するしかない。
悠長に仕事を平等に与えて優秀かどうか見ている暇も、影に証拠を集めさせるのに手間取っていることもにも苛立つ。
俺はソフィアが出してくれたアイデアから生まれた物は全て、ソフィアに全権があるという証明書を、ソフィアには内密でルイスと連名で作っている。
さらにサンチェス国王とレオポルド殿の署名もその都度貰いに行かせている。
両国で1枚ずつ保管も忘れずに。
それがソフィアをこの国にいさせる、旧国派へ対抗するための一つの武器になるように。
時間が惜しい。
顔色が真っ青になった生徒達を一瞥し、もういいだろうと視界を動かし、俺はローズ嬢に視線を向ける。
「王宮に戻ってソフィアの治療をする。ローズ嬢も来る?」
「当たり前です!!」
「分かった。俺とソフィアの荷物も持って馬車で帰ってきて。先に行くから」
「はい!」
他の生徒達は無視して、俺はソフィアを抱えたまま、校門の方へ駆け出す。
ローズ嬢は教室へと向かっただろう。
『ユーグ、俺の机の中に政務の書類がある。ローズ嬢が回収できないかもしれないから取ってきて』
『了解』
俺は鉄の格子で出来た校門を蹴破り、学園の敷地から出た。
人目に付かないところへ走り込む。
「レッド!!」
呼ぶと火精霊の眷属であるレッドが火の鳥の形となって現れる。
「全速力で王宮へ」
レッドに飛び乗って背に一旦ソフィアを横たえ、上着を脱いでソフィアの上にかけ、その身を抱き込んだ。
すぐにレッドは飛んでくれ、文字通り王宮へ最短距離で飛んでくれた。
「………ソフィアの弱みにつけ込んだ、か」
俺も気付かなかった。
食の国の者は食を大切にする。
流石に床に落ちた物は口にしないと思っていたけれど。
「………まさか、衣服に付いたものを口にするとは思わなかったよ」
ソフィアの元へ行く間に、ソフィアの精霊達が説明してくれた。
正確にはソフィアの精霊が自分の眷属経由で俺に伝えてくれたのだけれど。
「今度から、拾い食いは勿論、衣類で留まった食も不用意に口にするなと、教育しなきゃね」
レッドが王宮の門を通過したときに高度を下げ、俺はソフィアを抱えて飛び降りた。
「ラファエル様! こちらです!」
「ルイス!」
どうやらソフィアの精霊がルイスの精霊も通じて連絡をしてくれていたようだ。
優秀でしょ究極精霊。
今度からその優秀さを、ソフィアに投げつけられる食べ物にも発揮して欲しいけどね!
王宮内をかけ、医者が待機している部屋に飛び込みながら、俺はそんな事を考えていた。
「頼む!」
「はい!!」
ソフィアをベッドに寝かせ、医師が治療を始めるのを見て乱れた呼吸を整える。
「ラファエル様」
ルイスが書類を手にしており、正直こんな時に仕事は出来ないと言いそうになった途端、べちゃっと容赦なくルイスに顔面にその書類を押しつけられた。
「心配しなくても仕事ではありません。どれだけ私は非道なのですか。ソフィア様が生死を彷徨っているときにラファエル様に仕事など出来るはずもないでしょう」
「………だったら何――」
俺は押しつけられた書類を引き剥がし、目を通す。
「………へぇ…」
「それなら確実に目を通すでしょう。私は詳しく情報を集めてまいりますので、ソフィア様の容態を見ながらここにいてください。ついでにその格好もどうにかしてください」
「ああ」
ルイスを見送り、俺は雨に濡れた制服をグリーンに乾かしてもらった。
そのままソフィアの治療が終わるまで、その場から動かなかった。
怒りで支配されているはずの頭の中は、意外と冷静だった。
毒は医者に任すしかない。
ソフィアが心配なのは変わりない。
けれど、ここで俺が騒いでも何の意味もない。
………まったく……どうして俺のソフィアばっかりこんな目に合わなきゃいけないんだろうな…
………俺のせいか。
でもごめんねソフィア。
俺はもう君を手放してあげられないんだよ。
何度君が危険な事になろうとも、俺はサンチェス国に帰って、なんて口が裂けても言えないんだ。
………守れなくて……ごめんね…
今度から別行動は出来るだけ避けるから……ちゃんと俺の所に帰って来て…
手の届かない所に行かないで…
冷たくなったソフィアの体温がまだ手に残っている。
グシャリとルイスから受け取った書類が手の中でつぶれた。




