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第374話 ある意味最良です

数話シリアス入れます。




『主!!』


学園でラファエルと別行動中だった。

図書室で本を読んで上機嫌だった。

久々に息抜きしたと思って。

精霊の焦った声と、何かが飛んでくる気配に、咄嗟に横に避けた。

………ハズだった。

ベチャベチャっと廊下の床と、私の制服を汚したソレを目にした瞬間、私の思考は停止した。

無残な姿になったソレを見て、理解して、わなっと唇が震えた。

学園内で、人目があるのに、視界が揺れた。

くすくすと笑って立ち去る声と足音にも反応できなかった。

通りがかった生徒達は、私の姿を見てギョッとし、戸惑う気配がある。

けれど私はそれに反応することも出来なくて、その場に座り込んでソレを拾った。


『主……すみません。それと汚れてしまいますのでお止め下さい』


精霊達かれらのせいじゃない。

怪我を負うことだけ回避してくれと伝えているから。

命に関わらなければ、普通の王女として扱って欲しいと。

過剰に精霊の力に頼ることもしたくなかったから。

私は精霊の声に耳を貸さず、黙々と床に落ちたソレを拾い、自分で刺繍したハンカチを出して床を綺麗に拭く。

王女はそんな事しない。

そんな事分かってるけれど、私はどうしても許せなかった。

前世で普通に――当たり前に掃除してたし、やり方を知らない令嬢と一緒にしないで欲しいし。


「あ、あの……ソフィア様……」

「………お見苦しいところをお目にかけました。皆様のお目を汚してしまったこと、ご容赦下さいませ」


心に渦巻く黒い感情を押しとどめ、立ち上がりニッコリ笑ってその場を治めようとする。


「い、いえ……それより御髪も制服も…」


私は少し救われた気がした。

学園内でも、私を心配してくれる生徒がいることが、嬉しかった。

ある人は綺麗なハンカチを差し出してくれたし、水を汲んできてくれようとする人もいたし、ラファエルを呼んでくれるという人もいた。

それらを全て断り、私はお礼を言ってその場を立ち去った。

悔しい気持ちと、嬉しい気持ちが入り混ざり、私はその場で泣いてしまいそうだった。

王女の顔を作るのが難しかった。

手洗い場にどうにか生徒と会わずに辿り着けた。

震える手で手に持った無残な姿になってしまったソレと、手を洗い流す。

手洗いの水と共に違う高さから落ちる雫が入り交じっても、そのまま手を洗い続けた。


「………ご、めん……なさ……」


洗い流してしまったソレに謝る。

そしてある意味私の弱点を突いた襲撃者に感心した。

私はそれに対して悲しくなり、涙を流してしまう弱点を持っていた。

私自身がそれに気付いてなかったのに、よく相手は見抜いたものだ。

手が綺麗になり、そのまま私は石で出来た洗い場に手を叩きつけた。

ポツポツと天から雫が落ちてくる。

外にある洗い場から、そっと顔を上に向けると、空が曇り雨が降ってきていた。


「………丁度良いわ……制服の汚れも、落としてちょうだい…」


私は洗い場に寄りかかり、目を閉じた。

ついでに私の濡れた頬も洗い流し、熱くなった瞼も冷ましてくれたらと思う。

本鈴がなっても私はそのままでいた。

………ぁぁ……ラファエルが心配しちゃう…

そう思っても、私はその場から動く気にならなかった。


『みんな、犯人見た?』

『数人で尾行しております。授業ですので、それぞれを見張っているかと』

『………そう。複数ね。戻ってきたら見せてもらうわ』

『はい』


雨が本降りになり、汚れた制服の面を正面に来るようにして広げる。

部分的に濡れるより、全身濡れた方が、雨に濡れただけとラファエルに言い訳できる。

天気がいいのに全身びしょ濡れは誤魔化せないし。

汚れが流れていくのを見て、また瞳が潤むのを感じ、顔を上へと戻した。

立っているのが億劫になり、私はズルズルと座り込む。


「………ふっ……サンチェス国を侮辱……お父様に救われておきながら……絶対に許さない!」


私は制服に残っている汚れ――クリームを指で掬い、口に含んだ。


『主!!』


精霊に咎められ、私はその一口のみで止めた。


『お気持ちは分かりますが、諦めて下さい』

「………うん」


精霊の言葉に、私は口内に残った甘さのみ堪能する。


「………やっぱり、ラファエルが作り出した甘味は美味しいね」


私に投げつけられたもの、ソレはケーキだった。

それを投げつけるということは、ラファエルをも侮辱していることに他ならない事に気付いているのだろうか。

食べ物を粗末に扱われ、私にとって――サンチェス国を侮辱する行為とも気付いているのだろうか。

あれだけ食べ物がないことに苦しんだ国民の1人ではなかったのか。

投げつけてきた中にカイヨウ国王女がいようとも、複数ということは彼女以外にいるのはランドルフ国民だと分かる。


「………こんな事してラファエルに嫌われ、国をも危うくする行為だと、何故分からない………ほんと…頭悪い――」


ふと違和感を覚え、同時に自分に呆れる。


「………成る程…」

『主…?』


ゆっくりと私は口角を上げた。


「………失礼。頭はさほど……悪く………ないわ、ね……」


身体を支えられなくなり、どしゃっと濡れた地面に横たわってしまう。


『主!?』

「………ご、め………う、かつ……」


舌が回らなくなり、全身が痺れる。

ケーキを投げつけるだけではなく、私が口を付けるかもと予測し、仕掛けられてた。

ラファエルに咎められ、罰を受けることになっても私が許せなかった。

学園内でこんなことして、ばれないと思っていることもある意味凄い。

普段王宮で囲われ、滅多に外出しない私。

学園内でなきゃ容易に私に近付けないとしても、短慮だと思わないのだろうか。

その短慮な策略にまんまとはまった私も、大馬鹿ですが。

そんな思考の無駄遣いを、もっと別の形に向けられないのだろうか。

あるいは――動いたかしらね……旧国派……

私が試験で結果を出せなかったことは、既に知れ渡っている。

それに旧国派だったとしたら、ケーキ攻撃もある意味理解できる。

新しいものなど必要ない、という意思表示にも取れるから。

でも、それは自分勝手にすぎない事に気づけ。

食などいらないと言っているようなもの。

食べ物を粗末にできるなど、自分の事しか考えられない者だと容易に想像できる。

逆に食を大切にする私たち――サンチェス国の者たちには1番効果的だと考えられる人物。

実際に私は勿体ないと思い、ケーキを口にしてしまった。

一口で済んで、止めてくれた精霊たちに感謝する。


『大丈夫。一口だけだったから暫くしたら治まる――』

『誰か王太子を!』


その場に風精霊フウが現れ、私の身体を風で浮かせた。

ぁぁ、また休んでしまうな…

そんなどうでもいいことを考えてしまい、心の中で苦笑する。

過保護なラファエルは私を数日部屋から出すまい。

また勉強が遅れてしまう。

………勿体ないからと言って、残った食べ物を口にすることは今後止めよう。

………ぁぁ、温泉街のアイデア追加で出さなきゃ…

水精霊イズミに口の中へ水と指を突っ込まれ、思わず嘔吐する。


『主! 少しでも毒を吐き出して下さい!』


口にしたのは少量だと言ったのに…

でも、少しでも吐き出すことは悪いことではない。

少量だけだったのに意識が無くなりかけてる。

………強い毒だったのだろう。

そりゃそうか。

口にするとなったら舐める程度かもしれないと予測できるものね。

王女がそんな事をすることは無いだろうと思っていても、可能性は0ではない、と。

完全に私の敗北だった。


「ソフィア!!」


血相を変えたラファエルが視界に入り、まるで絶望しているような悲痛な声で呼ばれる。

………ぁぁ……また……見たくもない顔をさせてしまった…

本当に、なんでこう私は……

ラファエルに手を伸ばそうとしても、動かない。

ごめんなさい、と何度目かの謝罪を心の中でした時、ラファエルの手が届く前に、意識を手放してしまった。


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