第372話 大事なことの方向
ラファエルの発言に部屋の中の音がなくなった。
………どういうこと?
ユーリア・カイヨウだけでなく、他国からの編入生に限らず、全ての生徒を把握しているはずのラファエルが知らないなんて…
………って、ちょっと待って……
確かローズの時はルイスで止まってたんだっけ…
じゃあ今回もルイスで止まってるかも…
「今日学園から帰ってくる前、教室でラファエルが微笑み合ってた人だよ」
「え? ………覚えてないな」
………哀れねユーリア・カイヨウ…
あの時自信満々にしていたけれど、ラファエルに覚えてもらえない程度。
ラファエルの気持ちが傾くとは思っていないけれど、ホッとしてしまう。
「何安心した顔をしてるのソフィア」
「え……」
「ソフィアが言ったんでしょ? 俺の目にソフィア以外の女映したらダメだって」
「………へ!?」
そ、そんな恥ずかしいこと私言ってな――
慌てて否定しようとして、ふと思い出す。
そして顔を手で覆った。
「………言いました……」
「でしょ?」
「………ぅぅっ……」
顔が赤くなっている自覚がある。
あんなじゃれ合いみたいな言葉、律儀に守ってくれてるなんて思ってもみなかった。
ラファエルは王太子で、他国の者は勿論、自国の貴族に対しても相応な態度を取らなければならない。
視線を反らしているなど以ての外。
無理だと思っていたのに…
「学園では俺は1生徒だからね。視線を外していても問題ないし」
「そ、そぅ……」
納得していいものかどうか分からないけれど、恥ずかしいけれど嬉しかった。
ちょっとした不満も、ラファエルは解消してくれようとする。
その心だけで充分だと思う。
「………さて、ユーリア・カイヨウ、ね……学園にいるのか…正式なものならルイスから報告あるはずなんだけど…」
「ラファエルが知らないって事は…」
「ルイスの中でどうでもいいことなんじゃない?」
………身も蓋もない……
「カイヨウ国王が俺に――ランドルフ国に対して何か交渉があるなら、正式文書で送られてくるはずだよ。王女が独断で来たいと言ったのなら、願い文でルイスの所で処理したんでしょ」
「………それでいいの?」
「ルイスだけの判断の場合、正式な王家の許可証では無いが、それでもいいならと返答しているはずだよ。その辺はまだ旧国のやり方にしてる」
「どうして?」
「国内改国が優先だから。カイヨウ国とは特に取引してないしね」
「そうなの?」
首を傾げると、ラファエルは頷いた。
ソフィーが煎れてくれた紅茶に口を付け、喉を潤す。
「唯一カイヨウ国で捕れる魚や真珠は、行商人が持ち込んで売ってるから」
「あ…そっか……」
「本当にカイヨウ国がランドルフ国で大々的に売りさばきたいなら、正式にカイヨウ国王が交渉してくるはずだし、娘を使者に立てないだろうね。正式な謁見許可を求める書面も来てないよ」
ラファエルの言葉に納得し、私は頷いた。
そんな事になったら、魚の養殖場も作る必要ないものね。
「あの王女が何かやらかしたら送り返したらいいし」
「うん」
「………で?」
「………え?」
「ソフィアは俺の何に不安なのかな?」
ニッコリと微笑まれる。
いえ…特には…
「ラファエルに対しては不安に思ってないよ」
「へぇ?」
「私の試験の結果が元で、色々トラブルにならなければいいなって思って…」
「………それで出戻りとか取られるとか……想像力逞しすぎるでしょ…」
呆れた顔になるラファエルに、てへっと笑って誤魔化そうとして、誤魔化せませんでした。
視線で理由を促される。
「試験の結果を見た旧国派を親に持つ生徒から、彼らに報告が上がれば、それを理由に攻めてくる貴族が出てくるかもしれないから…」
「ああ、それはありえるね。ソフィアの事を言ってたのは、主に旧国派の親を持つ生徒だった」
ラファエルの言葉にため息をついてしまう。
やっぱり…
私から切り崩される可能性があるよね…
頑張って勉強しなきゃ…
やっぱり徹夜で勉強がいいかも…
「徹夜はダメだよ」
………エスパーか。
何故私の思考を読めるのか不思議だ。
「ソフィア、あまり焦らないで」
「ラファエル…」
「学園を休みがちなソフィアが、彼らと同じ条件の試験なんだから。それでも上位に入っているんだから凄いことなんだよ」
「………ぁ、りがと…?」
「試験な事より大事なのは、ランドルフ国を良くしてくれているソフィアの存在。温泉街の利益が凄いことになってるんだよ」
「え……」
ラファエルが懐から書類を出してくる。
………何故そんな所に…
「1つの店につき、1日だけの利益で平均約5日分の材料が買えるぐらい。食材、入れ物、包装紙、諸々全てね。凄いところで7日分」
「そ、そうなの!?」
「まぁ、限定品のおかげでもあるけどね」
成る程…
限定品は定番商品の金額より高くなるしね…
希少価値の金額も上乗せされてるし…
「温泉は入る人が多いから、その分利益でてるね。出している飲食物の代金を差し引いても」
「源泉はタダだしね。入浴代金分がそのまま利益になる」
「うん。店の売上の3割が税で納められる。温泉は4割。軌道に乗ったら税を少し上げさせてもらうけれど。だからねソフィア。そういう国の利益になるアイデアを出すソフィアを、蔑ろにする人を相手にしている暇は今の国にはない。だから例え想像でも、ソフィアが自分を責める事を俺は良しとしないよ」
「ラファエル…」
「常に努力しようとするのは悪いことではないよ。でも、焦ってソフィアが潰れてしまわないようにしないと」
ラファエルの言葉に私の肩の力が抜けていく。
そう、だよね…
何事も一歩ずつ行かなきゃ。
「主に俺のために」
「え……」
「俺からソフィア、奪わないでね。勉強にソフィアを奪われたとなったら、俺泣くよ」
「………泣くんだ」
「うん」
感動してた心が、スンと冷静になってしまった。
………いつも通りのラファエルで、なによりです…




