第363話 最後の宝石の行方
ルイスがラファエルを回収していき、私はホッと息をつけた。
あのまま――抱きしめられたまま、執務室に連れ去られる勢いだった…
危ない…
私が見ちゃいけない書類なんてまだあの部屋にいっぱいあるだろうし。
証が入っていた箱を棚に置き振り返ると、みんな示し合わせたように騎士は左襟首に、侍女は左胸の辺りに付けられていた。
「………いきなり揃っていて気持ち悪いわね…」
「騎士が――いえ、兵士が証を付ける位置は決まってますからね」
「そうなのね」
意識したことはなかったけれど、そう言えばみんな同じ位置に付けてたかな…
あ、影にはないよ。
身元を証明する物なんて身につけたら、捕虜になった時に一発でバレるからね。
「はぁ…ソフィー…」
「お茶をお持ちしました」
あ、うん……お願いしようとしてたからいいんだけどね…
その前に聞きたいことがあるのよ。
「………どうしてラファエルにバラしたの…」
「ラファエル様に命令されて、ただの侍女であるわたくしが拒否できるわけないじゃないですか」
………そうだけど…私の侍女なのに…
私優先じゃなくラファエル優先なんだもの…
複雑だよぉ…
出されたお茶に口をつけながら、ポケットに入れていたアメジストをコトンと机の上に置く。
「………姫様?」
「ん?」
「姫様のはラファエル様とお揃いにしなかったのですか?」
「出来ないでしょ」
「何故です?」
何故って…
ソフィーの後ろに見える護衛達も不思議そうな顔をしている。
「アメジストは私の色だし、ラファエルの色じゃないんだから、私が身につけてもラファエルを思い描けないでしょ?」
「ぁ……」
「それに自分でアザレア付けてどうするの。アザレアは贈る物であって自分用に作るものじゃないよ」
人差し指でアメジストに触れ、転がしながら言う。
そんな事をしたら、そんなに自分が大好きなのか、なんて思われちゃうし。
私、自意識過剰じゃないから…
「でもみんなお揃いの宝石買ったし、私もラファエルに贈った同じ宝石を持っておきたかったんだ」
私の言葉を聞き、ソフィーは何も言わずに頭を下げて元の位置に戻った。
トントンとアメジストを軽く叩き、またポケットに入れた。
そういえば、ラファエルはサンチェス国で私に何を買ったのかな…
見せてもらってないんだよね…
まぁ、楽しみはとっておこう。
「………そう言えばオーフェスも何で言っちゃうの…?」
「特に差し支えはないかと思いまして」
「あるわよ…」
「何がでしょう?」
不思議そうに言わないでよ…
「これから先、紫色の物を見る度にラファエルに『あ、ソフィアの色だね』なんて事言われそうじゃない」
私の言葉に全員が「あぁ…」という何とも言えない顔になった。
………みんなもうラファエルの性格分かってるよね…
「そんな事言われたら、そうだね…としか言えないし…なんか恥ずかしいし…」
「………まぁ、ラファエル様はソフィア様の旦那様になりますし、いずれ知られることでしょう」
「………はぁ…」
それはそうだけど…ため息しか出ない…
「そう言えば、もうサンチェス国からロードが作った薬は届けられているのよね?」
「はい。3日前には。おそらく今分析班が調べていることでしょう。結果はまだ先になるとは思いますが」
………なんだ分析班って…
これまた初めて聞いたぞ…
ヒューバートが何の疑いもなく話すから、元からあったんだろうけど…
「分析室では特別に精霊が姿を見せ、一緒に作業しているそうです。今回は精霊にも気付かれない薬など、人外にも効く薬が数多くあると推測され、ラファエル様が精霊にお願いしたようです。今後も継続させようか、という意見が結果次第では検討されるそうです」
「そっか。見えなければどういう事になっているか把握できないものね…」
「因みにスティーヴンの就職希望先です」
「………ってちょっと待て。スティーヴンは公爵家の仕事があるでしょう!?」
「………」
何故顔を反らすヒューバート!?
真顔で顔を反らされたら色々と怖いんだけど!!
「………じ、実は……マーガレットが家督を継いで、スティーヴンは分析室へ、という話が行われているようで…」
「………」
ヒューバートの言葉に耳を疑ってしまった。
スティーヴン……どこまで精霊に関わりたいのだ…
って、ちょっと待って…
「………そ、れは……ラファエルに国政変えてもらわなきゃ、叶わないのでは……」
王も貴族も世襲制。
そして男性のみというのが決まりだ。
マーガレットが現在の制度で家督を継げるはずもない。
「………って、あれ? ヒューバート、それは何処情報?」
「スティーヴンからの文で、です。父とマーガレットとは連絡を取っておりませんから。スティーヴンからも一方通行で、私からは返事を書いていません」
「どうして? 書いてあげればいいじゃない」
「私は公爵家と、関係者には連絡しないことにしております。ソフィア様の足枷になりたくありませんから」
………どういう事?
と首を傾げそうになってハッとする。
私の味方は多くない。
足もとを掬う材料になりそうなものを探している者もいる。
私からラファエルを切り崩しにかかられたら堪らないものね…
「時間がある時にでもラファエルに報告してくれる? 国政変更の案になるかもだから」
「畏まりました」
私はソフィーにお茶のお代わりをもらい、ラファエルが帰ってくるまでのんびりと過ごした。




