第356話 秘密の部屋
夜も更けたとき、私はソッと部屋を後にした。
護衛は起きているけれど、スッと手を上げて待機を命じた。
影だけでいいという合図。
そして静まった通路を歩き、この王宮内でも指折りである豪華な部類に入る扉をノックする。
中から入室許可が出て、私は室内に足を踏み入れた。
影はこの部屋の上には控えられない。
通路の上で待機することになる。
ココは、王家以外の立ち入りを禁じられている場所になる。
部屋に入ると、お父様とお兄様がソファーに座っていた。
「来たか」
「はい。宰相に持って来させる内容の手紙じゃなかったですよね」
「まぁ、アドバイスが欲しいのは確かだがな」
「ご冗談でしょう? お母様はお父様の選んだ物を喜んで受け取りますわ」
「喜ぶことと、気に入ることは違うだろう」
………あ、お父様もある意味面倒なことを言い出したぞ…
悩むならお母様に直接欲しいものを聞けば良いのに…
「………そんな事を話すために呼んだのですか?」
「まさか」
お父様はバサッと机の上いっぱいに、大きな紙を広げた。
ソレはサンチェス国の地図だった。
「ロードが拠点としていたところがココだ」
お父様が地図の1点を指差す。
「建物の中を調べてたらね…囚われていた精霊がまちまちだったんだよ」
「………まちまち…ですか?」
お兄様がソファーの座る位置を変え、空いたところに私は座った。
「サンチェス国で見られない精霊が多数だった、と父上が」
私が顔を向けると、お父様は頷いた。
「ロードが国境を越えた記録は殆ど無い。けれど、あれだけ多種の精霊を捕らえられるとしたら、頻繁に国境を越えていなければ説明がつかぬ」
「………」
私はあの時種類なんかじゃなく、精霊が囚われている、としか見てなかった。
だから精霊が何処の国の者なのかなんて分かるはずもない。
「例の薬を使ってしか無理だね」
「ソフィア」
「はい」
「ランドルフ国王太子を唆し、早く国境を完成させるようにさせろ」
「そその……そんな事出来るはずないじゃないですか…私はアイデアを出すだけで、早く完成させろなんて言ったことないし、怪しまれるわ」
この部屋は王家専用。
王家血筋のみしか入室してはならない。
だから私達3人以外は入れない。
この部屋で交わされる言葉は、外には出せないものに限られる。
その部屋で言われたって事は、ロードのことも、精霊のことも、ラファエルには秘密って事よね…
「お兄様…お兄様からラファエルに伝えてもらえれば…」
「ソフィア」
私の言葉を遮り、お父様が何かを取り出して机の上に置いた。
手が離され、物の全貌が分かった。
「お父様…これ…」
「お前の物だ」
「………」
震える手でソッとそれを手に取る。
ソレはお兄様が作らせていると言っていた王家規約執行権限証。
サンチェス国の国紋が入った懐中時計だった。
「ソレを渡した意味は分かるな」
「………はい」
「では、お前はもう我やレオポルドに甘えていてはいけないことも分かるな」
「………はい」
自分で、分からないようにラファエルを唆し、急がせるようにしろということだろう。
サンチェス国からこれ以上罪人を出さないように。
罪人を発見したら国として裁くように。
そして罪人のしでかした罪を把握し、対策をうたなければならない。
王族として分かっていたけれど、私はお父様とお兄様の指示に従うだけだった。
でもこれからは、同じ位置に立って考えて行動しないといけない、ってことよね…
………甘えてちゃ、ダメなんだよね…
「………分かり、ました。私がラファエルを誘導し、ちゃんと急がせるようにします」
嘘が嫌いなラファエルに、嘘をついてはいけない。
ちゃんとした理由を考えなければ…
「ああ。お前の婚約者でもあるしな。夫となる男のコントロールもろくに出来ないなら、お前は良い妻にも、ましてや良い国母にもなれないぞ」
「え………」
お父様の言葉に目を見開き、顔を上げるとムスッとして顔を背けていた。
………お父様が…ラファエルを認めている…?
たった一言。
たった一言だったけれど、私にはそれだけで充分だった。
私は懐中時計をポケットに収め、ゆっくりと頭を下げた。




