第342話 矛盾する要求
「失礼致します」
火精霊は速攻で私の依頼を成し得てくれた。
完璧な礼をするフィーアが私の部屋に到着したのは、火精霊に頼んでから僅かな時間だった。
「火精霊から事情は聞いてくれたかしら?」
「はい。こちらに来る途中で」
「………途中?」
「いきなり拉致られましたので」
………火精霊…
よっぽど足扱いが不満だったのね…ごめん…
「驚かせて悪かったわ」
「いいえ。何事かと思いましたが、姫様に無礼を働く者がいると聞けば許せませんから」
そう言ってフィーアはアルバートを冷たい瞳で見た。
………ぁ…
「公爵家の養女にと取りなしてくれましたラファエル様にも感謝しておりますし、貴族の端くれとして政略結婚など当然のものとして、前から受け入れておりますので問題はありません」
「………そ、そう……面倒事を押しつけてしまうけれど……」
「良いのです。私の身は姫様のお好きにお使い下さい。私に情けは無用でございます。罪人ですから」
「あ、ありがとう……」
フィーアは私と会話をしつつ、アルバートを睨みつけたままだ。
アルバートは居心地悪そうに視線を反らしている。
「貴族令嬢としてのあるまじき行為は、許されることではありません」
「それフィーアが言えないよね」
「………申し訳ございません」
ラファエルに突っ込まれて、フィーアは言葉を詰まらせた後、謝罪した。
「………ラファエル」
「あ、ごめん」
少し咎めるようにラファエルを見ると、ラファエルはハッとしたように謝った。
どうやら無意識の言葉だったみたいだ。
「と、とにかくフィーアにしてもらいたいことは、アルバートと婚約しているということで、アルバートの家族に紹介されること。アルバートとの仲をアイリーン・ケレイブ男爵令嬢に見せつけること」
「その事でご質問よろしいでしょうか?」
「何?」
「アルバートとの仲、と仰いますが、仲睦まじい様子を見せつければよろしいですか? それとも互いを理解しているという様子を見せつければよろしいのでしょうか?」
フィーアの言葉に、思わずアルバートを見た。
ざぁっと真っ青になっているアルバートを視界に入れ、私は呆れてしまった。
………貴方がどうにかしてくれと言ったのでしょう…
「………彼の様子を見たところ、ベタベタするのに彼自身が耐えられるようには見えませんが…」
「………私も今思った…」
本人があの様子では、フィーアがいくら上手い演技をしたところで、アルバートの態度でバレる。
………何か良い方法あるかしら…
「アルバート、貴方にお聞きします」
「な、なんだ…?」
「貴方の理想の女はどういうのでしょう?」
「り、理想…?」
「どういう女なら傍に置きますか」
「………どういう女………訓練を邪魔しない女ならどんなでも…」
はぁぁ……と思わず私はため息をついてしまった。
オーフェスとヒューバートも呆れた顔をして、ラファエルに至っては無表情だ。
「………そうではなく…アイリーン・ケレイブの前で訓練などしないでしょう。身だしなみがどうだとか、口調がどうだとか、一歩引いているのがいいのか、隣に立てばいいのか、貴方を立てればいいのか、対等で話せばいいのか、上から目線からがいいのか、色々設定しないと演じられないじゃないですか!!」
「す、すまねぇ!!」
………う~ん……
これは将来的に恐妻家の絵図らが浮かんでしまう…
大丈夫なのだろうか……
「み、身だしなみは派手すぎない方が…」
「では地味系ですね」
「い、いや……普通で……」
ピクリとフィーアの眉が反応する。
………無表情怖いよフィーア……
「公爵家の令嬢に対して普通がどれだけ難しいか知ってます?」
「す、すまねぇ!」
「まぁいいですが。で?」
「く、口調は別に何でもいい…」
「………」
フィーアがジト目で見、アルバートは慌てて次の話題に移る。
「歩くときは隣でいい」
「はい」
「対等な立場で話してくれればいい。だ、だから口調は敬語じゃない方が…」
「………分かりました」
半目のまま返事をするフィーアが怖い。
心の中で何を考えているのか…
『読みますか?』
『………怖いからいい』
水精霊の突然の介入で、身体がビクついてしまいそうになった。
………危ない…
「物を強請る方が良いですか。それとも欲しいものがあっても口を噤んでいる方が良いですか」
「あ、いや……それは……」
アルバートの額に汗が滲んでいる。
………昔のトラウマが甦って来たのだろうか。
「て、適度に……」
「適度? 貴方の適度など私には分かりませんが」
「うっ……」
完全にフィーアは怒ってるなぁ…
大丈夫かな…
「………はぁ……例えば宝石は」
ブンッと勢いよくアルバートが首を横に振る。
「装飾品は」
また首を振る。
「食べ物類は」
「そ、それぐらいなら……お、俺も食い物は食いたいし……」
「………そうですか。女に装飾品も贈らない、女心が分からない男相手に対等に話せとは、難しい注文ですね」
「………ぁ……」
アルバートの言葉は矛盾していた。
対等に話せと言うわりには、欲しいものを言ってはいけない令嬢を演じることは、かなり難しいのだ。
アルバートにばかり合わせるということは、相手は一歩引いている状態になっていなければ可笑しい。
小さな我が儘さえ言えないということになるから。
「あ、いや、俺そんなつもりじゃ…」
「姫様、設定を身体に覚えさせたいので、退出の許可を頂きたいのですが」
フィーアはアルバートを無視して、私を見る。
私を見る目は普通になっている。
スッと手で許可を出すと、フィーアは頭を下げて出て行った。
「………何ボサッとしている」
「そ、ソフィア様」
「あんたのせいでしょ。追いかけて話し合って来なさい。一方的に押しつけたアルバートの面倒をフィーアがやってくれるのよ。礼の1つも言えない男なんて最低よ」
ハッとしてアルバートが慌てて出て行った。
その後ろ姿を見送って、私は盛大なため息をついてしまったのだった。




