第34話 ヒロインVS期待します
王妃主催のパーティ当日。
私とラファエルの婚約発表をパーティで正式に済ませ、今は貴族達からの挨拶兼ゴマすりを聞いていた。
当然サンチェス国の貴族達はランドルフ国の現状を知らない。
だからちょっとでもおこぼれを貰おうと貴族達はこぞってラファエルにいい顔をしていた。
………サンチェス国がランドルフ国から受けている恩恵は、食物系の機械技術だから余り貴族とか平民とか関係ないんだけどね…
テイラー国に交渉しに行ったミシンみたいに一個人で使うような代物じゃないから。
ラファエルは嫌な顔一つ見せずに、貴族達の言葉に返していた。
流石王子様。
私は笑ったままラファエルの隣に座っているだけで良いから楽なんだけど。
「ソフィア様とご婚約おめでとうございます。これでサンチェス国とランドルフ国の同盟も安泰ですな」
………安泰、ねぇ。
実際には借金まみれの国になりつつあるけど。
更に婚約継続条件は借金完済の目処がつくこと。
これで返済出来なければ解消させられる。
王は無表情――いや、眉間にシワを寄せながら椅子に座っている。
無言だしねぇ……
怖いな。
逆に王妃が満面の笑みだから、ますます怖い。
あの温度差……
まぁ、彼らのことは一旦置いておこう。
私は会場の一角に視線を向けた。
待っていた人物が姿を現していることには気づいていたけれど……
「………何あれ?」
貴族の挨拶が終わってその貴族が広間への階段を降り、次の貴族が上座への階段を登ってくる間の少しの間に、ラファエルが小声で言ってきた。
言いたいことは分かる。
多分私と同じだろう。
――王族主催のパーティで、何をやっている、と。
アマリリスは広間の一角で、男に囲まれていた。
何かフェロモンでも出ているのだろうか?
卒業パーティの出来事を見ていた者達もいた。
学園で私がいた時に在籍していた人間は、主要キャラ以外は私の言い分を正しいと認識していたはずだ。
攻略対象の人間以外にはアマリリスの事は、王女を知らない常識外れの令嬢として記憶したはず。
そしてパーティの時も関わりたくないと、遠巻きに見ていたのではなかったか。
なのに何故見覚えがある顔ばかりアマリリスに群がっているのだ。
彼らは私とラファエルに挨拶もせずに談笑している。
………あ、そう。
そういう態度を取るなら、こっちも考えがあるわよ。
そっちが非常識なら、こっちは常識を。
といっても、ここは主賓の私が動くわけにはいかないんだけれども…
う~ん…
対決したかった。
モブVSヒロインって、なかなかないしね。
チラッと王妃を見る。
………うわぁ……
思わず視線を反らしてしまう。
黒い笑顔ってああいうのを言うんだよね……
その顔を見て王妃の思惑は大体把握した、と思う。
そういえば王妃もローズを気に入ってたしね……
内心怒ってたんだね…
サンチェス国も安泰、っていうことではない。
世襲制の国で、貴族の思考が段々偏ってきているのも事実。
良くある脱税や密輸、簒奪などの思考を持つ貴族がいないなんて事はない。
王家を蔑ろにする人間をあぶり出す意味も含まれていたのだろう。
………私が動くより、こういう事は年季が入ってる王妃の方が向いているよね。
王は国益を、王妃は社交界を。
それぞれの得意分野に合わせて動けるって、いい役割分担できてると思う。
だから私達に挨拶に来ていない者達は、王妃の逆鱗に触れたって事だね。
上の人間には挨拶ぐらいしようよ。
まぁ実際は上の人間から言葉を発しなければいけないこの世界では、挨拶に来てもこっちが声かけるまでは貴族側は話し始められないんだけどね。
でも、ここまで来ないイコール反逆の意思ありって事になってしまうからねぇ…
いくらヒロインでもこれは覆せないでしょ。
社交界のルールであり、常識だ。
これを止めさせたいのであれば、それこそこの国のトップにならないと無理だろうね。
正確には王妃の地位に。
社交界のルールは王妃がルールと思っていい。
実際に変更されたことのあるルールなど、サンチェス国の歴史上では一度もなかったのだけれど。
自由にやりたい時も、やはり王妃の地位につくのがベスト。
嫌いな相手ならこちらから話しかけなければ良いだけだしねぇ…
並んでいた貴族がいなくなり、ラファエルはソッと息を吐いた。
………珍しいな…
ラファエルが人前で隠さずため息つくなんて。
それでもこっそりだけど。
「………可愛いソフィアが人目にさらされている……」
………そっちですか!?
いや、可笑しいから!!
ボソッと聞こえた言葉に思わず叫びそうだった。
危ない……
「………ソフィア……浮気しないでね……」
「しませんから」
小声でしか話せないから弱々しい声になってるし……
第一ラファエルはもっと自信を持って良いと思う。
ラファエルと張り合える男って、それこそレオポルドぐらいだと思うんだよね。
………顔だけは。
性格はどっちも良いとは言えないけど。
第一私が今まで社交パーティで惹かれる男がいなかったのよ?
ラファエルとだって、最初はこんなイケメン王子が私に話しかけてダンス踊ったのは何故だって疑っていたんだし。
並の男って、私の目にも入らないんじゃないかなぁ?
実際にソフィアだけの思考だった時の好みは分からないけどね?
「………はぁ……ソフィアの今日のドレス姿可愛いんだもん……早く抱きしめたい」
………それ、レオポルドの耳には入れないでね。
また面倒くさいことになるから…
そうこうしているうちに、壁際に立っていた警備役の兵士達が一斉に動き出した。
「な、なんだ!?」
「きゃぁ!?」
「は、離せ! 俺を誰だと思っている!?」
………そんなの関係ないと思う。
王族に挨拶しない貴族なんて、何者でもないと自分で証明したようなものだし。
王族に挨拶して顔を覚えてもらおうとしてないのだから。
教養として誰が何処の家の者なのか顔を見ただけで分かるようにされてはいるけれど。
今兵士に囲まれている者達は、王と王妃の記憶から消し去られるだろう。
「王家に挨拶に来ない者はこの国の貴族にはしておけません」
王妃の言葉が広間に響いていく。
その一言で状況を悟ったのか、貴族の男達が一斉に青ざめた。
王族の挨拶を意図的か無意識かは知らないけれど、男達がアマリリスを王家より優先したのは事実。
「この場は確かに招待状不要のパーティとしましたが、無礼講とは一言も告げていません。よって、その者達から貴族の称号を剥奪し、一平民として今後過ごすことを命令します」
「ま、待って下さい!!」
「今まで散々待ちました。わたくし達に挨拶しに来る人数は一人や二人ではありません。実際にかかった時間は言わなくても分かりますね? その分の時間の猶予はありましたが、貴方達は来られなかった。よって、民のためにならない貴族と認識しました。覆ることはありません。連れて行きなさい」
兵士達に連れて行かれる男達。
だが――
「アマリリス・エイブラム男爵令嬢。よくこの場に顔を出せたものですね」
「え…?」
アマリリスだけは残されていた。
キョトンと首を傾げるアマリリス。
………あれも演技なんだよね。
凄いよね。
「貴女は王家の婚約を破談させる原因を作った者。普通は社交界から追放の身です。それをよくもまぁ色々なパーティに知らぬ顔で出られているものです」
「わ、私は……」
「この場に平然と来られるとは、恥知らずの令嬢ですね。親の顔が見てみたいですわ」
侮辱されたのは理解したのだろうか?
かぁっと顔を赤くした。
それに何人かの男がボーッと見ている。
………この世界には魔法はなかったはずだけど、魅了とかの能力があるのだろうか……?
「二度と社交界に出て来ませんよう。貴女の行動は周りの迷惑を考えていません。貴女のせいで婚約解消になったローズ・ギュンター公爵令嬢さえ社交界に姿を現すことを控えているというのに。常識外れの令嬢ですね」
王妃の言葉に、アマリリスが睨みつけるように見てきた。
その顔に、私の口角が上がったのだった。




