第338話 その後の行方
「ただいまぁソフィア様、アマリリス~」
「お帰りジェラルド。どうだった?」
「うん。大丈夫だったよぉ。ただ…」
「ただ?」
「アマリリスが金銭を盗んでいた事、気付いていなかったみたいだよぉ」
ジェラルドの言葉に、シン…としてしまった。
男爵家、自分の財産に無頓着すぎるだろう…
「まぁ、自分の娘がしでかしたことに、随分肩身の狭い思いをしているみたいだからそれどころじゃなかったみたい」
………ジェラルド…
興味なくて淡々と語ってるけどね…
君の後ろでアマリリスが大ダメージ受けてるから……
止めたげて…
アマリリスのいないところで報告受けるから…
「で、せっかく持っていったけど、突っ返されちゃった」
「え……」
アマリリスが顔を真っ青にする。
ジェラルドにもらったお金だけれど、突き返されて絶望したのだろう。
「少なすぎるけど、せめてもの償いでソフィア様に献上してくれ、って~」
「………成る程…」
「男爵家にとっては大金で、でもこれ以上は男爵家の管理地の運営が出来なくなって、民を飢え死にさせてしまうからコレでご容赦下さい、ってさ~」
「………男爵家って、そんなに運営厳しかったっけ?」
チョイッと指を動かせば、音もなくライトが現れる。
エイブラム男爵家領の運営記録を渡してくれる。
何故ライトが持っているのかは疑問だけど、怖いから突っ込まない。
「………………ぁぁ、成る程…」
資料に目を通していくと、よく分かった。
どうして平民の家1軒分程のお金以上出せば、領運営――いや、エイブラム男爵家が危なくなるのかが。
「俺も見ていい? その手の物はレオポルド殿に見せられてるから、俺が見ても問題ないし」
「いいけど…面白くもなんともないよ」
「領運営ならソフィアより俺の方が詳しいと思うけど?」
「知ってるけど」
みなまで言われなくても国を運営しているラファエルに、私が勝てるはずもない。
でも、そんな私でも男爵家がどうして運営苦なのかは、資料を見てすぐに分かったのだけれど。
「………………領で生産した食物の利益で入ってくる自家の分を、規定以上の国税に充ててるね」
「自分たちが生きていく最低限のお金と、領の備蓄以外の物全て充ててるね」
視界の端に息を飲むアマリリスの姿が映る。
徐々に顔色が悪くなっていくアマリリスが、可哀想だけれどこれも彼女の罪だ。
自分で受け止めるしかない。
「サンチェス国王が命じたわけじゃないだろ?」
「命じるはずはないね。アマリリスの罪でアマリリスは追放になったけれど、男爵家の財産没収にはなっていないはずだから」
私はラファエルの手にある資料の下の方を捲る。
「お父様は民が貧困するような罰は下さない。コレを見るとエイブラム男爵家は元から質素な生活をしているようだし。娯楽に費用を充てている貴族の財産は容赦なく没収するけれど、エイブラム男爵はそういう事はしておらず、必要最低限の出費みたいだからお父様も男爵には何も罰を下さなかったみたいね」
「………だからか」
「うん。だから最低限の備蓄のみ残して、全て国に税として納めてる。罰せられないからといってそのままにしておけなかった、優しい心を持っている方だと分かる」
アマリリスの方を見ると、俯いてしまっていた。
罪悪感でいっぱいなのだろう。
「………アマリリス」
「………はい」
「お父様とお母様に感謝する事ね」
「………はい……」
ボロボロと涙を流しながら、コクコクと何度も頷くアマリリス。
ジェラルドに合図をし、連れて行くように指示した。
2人が去って行ったのを確認して、ラファエルの方を向く。
「………で? そんな優しい両親が娘の事を案じていないとは思えないけど?」
「………もう関係ないと思ってたから、報告はいらないと思ってたんだけどなぁ…」
必要ないと思っていたアマリリスとジェラルドの関係報告。
けれど娘の罪の償いとして、関係ないではなく、自分たちの罪として国に尽くしている彼らに、黙っている方が悪く思える。
彼らはおそらく、アマリリスを今も気にしている。
憎しみではなく…
「………はぁ……オーフェス」
「はい」
「男爵領に行って、告げて来てくれる?」
「よろしいのですか? 本人に行かせなくて」
「アマリリスはもうエイブラムではないから行かせられない。………でも、血の繋がった娘が私の元で罪を償っていることと、ジェラルドと婚約したことは、風の噂で聞いた、といった呈で耳に入るように手配して」
オーフェスは苦笑しながら頭を下げた。
そして立ち去っていった。
「優しいねソフィア」
「男爵達に罪はないよ。アマリリスの罪はアマリリスの罪。家は関係ない」
ライトに資料を返し、苦笑しながらラファエルを見る。
どう教育してもアマリリスは前世の記憶がある限り、同様の罪を犯しただろう。
彼らに罪を被せるには、あまりにも私は知りすぎている故に、出来なかった。
それにお父様も罰を与えていない以上、私がどうこうする権利もない。
「ふぅん?」
「な、なに?」
机に肘をついて手を組み、その上に頬を乗せてラファエルが私を見る。
たじろいた私にラファエルは笑みを浮かべる。
「好きだよ」
「――っ!?」
甘い顔でそう囁かれ、カッと頬が赤くなった。
「な、なに……急に…」
まさかの不意打ちだったから狼狽えてしまう。
「優しいソフィアに惚れ直したから」
「う~~…」
久々のラファエル不意打ち攻撃に、私はなかなか平常心に戻すことが出来なかった。
言葉も見つからなくて、そのまま近づいてくるラファエルの唇を、黙って受け入れたのだった。




