第335話 貪欲な人達
私とラファエルはお兄様の作った庭の前にいた。
庭に大きな池を作り、その周りに色とりどりの花が植えてあった。
この国では田に引く水路を作ることはあっても、公園みたいな池や花を植えることなどなかった。
王宮の庭園だって、庭園と呼んではいるけれど、果物が出来る木を植えているだけ。
リラックスできるような場所を作るぐらいなら、実のなるものを、というのがこの国の特徴だ。
お兄様がこんな所を作るなんて…
池の傍に設置された椅子にラファエルが座らせてくれて、彼も隣に座る。
「ここにもこんな所あるなんて……ランドルフ国の王宮のソフィーが作ってくれた花畑思い出す!」
「うちの花畑の近くにも池作る?」
「作れるの?」
「うん。ただ、熱湯池になりそうだけど」
くすくす笑うラファエルに、私も笑う。
ランドルフ国の土壌は、地下を廻る温泉の源泉の熱気で暖かい。
そのせいで池の温度が高くなるだろう。
「………そういえば、ガルシア公爵家の庭の池の温度は大丈夫?」
「今のところは大丈夫だよ。泳がせている生き物も順調。ただ…」
「ただ?」
「大きな物を作るなら、北の土地の方が良いかもね」
「ああ、北の一部は雪が未だに積もるようにしているんだっけ?」
「うん。ランドルフ国の特徴を全部無くすのは、俺も北の公爵も嫌だったからね。雪景色が見られないと思うと、寂しくなる」
「そうだね」
ラファエルの言葉に、私も同意する。
雪ばっかりだったら、積もっていないところを見たくなる。
雪が降らないところだったら、雪を見てみたくなる。
そういうものだろう。
「雪が積もるところの近くに広い池を作ったら、一定の温度調節が楽になるわね」
「ね」
「それに生き物専用の養殖施設を作るとか。建物内なら温度調節は機械で可能でしょ?」
スチャッと何故かラファエルとお兄様がメモを用意した。
………何で2人ともそんなもの持ってるの……
あえて視界から消してたのに、お兄様も寄ってきて聞く態勢になる。
これは逃げられないかも…
「建物って?」
「それサンチェス国に作ったら、サンチェス国でも魚を育てられるって事だよね?」
………ちょっとラファエルに睨まれてしまった。
ランドルフ国からサンチェス国や他の国に魚を卸せたら、ってことでガルシア公爵に実験してもらってたんだものね…
「………悪いけど、サンチェス国では出来ない」
「どうして?」
「国民分、国益分を用意するためにはかなり大きい建物になるし、大きな機械が必要になる。サンチェス国に土地がない」
途端にラファエルが笑顔になり、お兄様がガックリと落ち込んだ。
「………土地か…」
「………土地です…」
1カ所で作るには限界がある。
王宮の、限りある人数で食す程度なら、王宮の庭を切り開けば出来るだろうけれど…
今の時点で土地を目一杯使って、完成させている国では新しいことは難しい。
落ち込んでいるお兄様の向こうに、何名かの兵士が視界に入ってきた。
その兵士が身につけている証に、お兄様の近衛だと分かる。
私が気付いているのに気付き、頭を下げた。
「お兄様、お迎え」
「………はぁ…」
「お仕事」
「………行ってきまぁす…」
「行ってらっしゃい」
お兄様を見送り、ラファエルと顔を見合わせ、困ったように笑う。
お兄様は優秀だけれど、好奇心旺盛がたまにキズだ…
この後の仕事に影響が出なければいいけれど…
「姫様、お待たせしました」
ソフィーがお代わり用のお湯を持って戻ってきた。
空になったカップが回収されていく。
ソフィーのお茶を待ち、私はラファエルに説明を求められながらも、お兄様の造った庭を眺めた。
「ソフィーも綺麗だと思うよね」
「はい。サンチェス国で食べられる植物以外の花を見られるとは思いませんでしたね」
「そうだね。あれはあれで綺麗なんだけど、やっぱり愛でる為だけの花も綺麗だよね」
ソフィーは笑って、お茶を煎れ終え下がる。
「ラファエル、池の周り散歩したいんだけど…」
「仰せのままにお姫様」
書いていたメモとペンをしまって、恭しく頭を下げるラファエル。
「………もぅ……」
恥ずかしくてプイッと顔を背ける。
私は王女という肩書きを持っているけれど、恭しく姫扱いするのは悲しいことだけれどラファエルだけなのだ。
護衛も姫とは呼ぶけれど、姫扱いする人は皆無だ。
だから慣れていない。
「ソフィア顔真っ赤だよ」
「指摘しなくていいから!!」
ラファエルに抱き上げられて車イスに座らせてくれる間、居心地が悪かった。




