第326話 怖い推測
気持ちいい温々とした寝やすい温度に、意識が浮上しても起きたくないと思う。
抱きつきやすい何かにすり寄る。
すると、優しく頭を撫でられ――
………撫でられてる?
ハッとして目を開くと、誰かの服が視界に入った。
私と同じベッドで眠れる人は1人しかいない。
「………あ、起きちゃった?」
「ラファエル…おはよう」
「おはよう。起きる?」
「………何時かな……学園……」
「今は6時前。今はサンチェス国だから学園には行かないよ」
ラファエルが自分の腕時計を確認して伝えてくれる。
まだ正確な時を刻んでいるらしい。
試験は上々だね。
「………朝食までまだ時間あるね……もうちょっと横になっててもいい…?」
「いいよ、好きなだけ。もう一度眠ってもいいよ。朝食はずらしてもらうし」
「………ううん。こっちの食事は重いから、早めに食べておかないと昼食が食べられなくなるから……」
「そう言うと思ってアマリリスを厨房に放り込んでおいた」
「………え!?」
ガバッと起き上がってしまう。
「そんな戦場にアマリリスを放り込んだの!?」
「戦場って」
ラファエルが苦笑するけれど、笑い事ではない。
「こっちの料理人は食の国って事で、プライドが滅茶苦茶高くて素人が厨房に入ることさえ許さないのに!!」
「俺とレオポルド殿の命令で入れた。アマリリスの護衛に俺の影とレオポルド殿の影と、ジェラルドとヒューバート付けといた。ついでにソフィーも出入りさせてる」
………ラファエルは私の騎士を自由に使いすぎだと思う。
いいけどさ。
ランドルフ国民は基本ラファエルのモノだし、私の臣下は私のために動けとラファエルに言われて拒否しないけれど。
「無理矢理食べるのは苦痛以外の何ものでもないからね。アマリリスにソフィアが美味しく食べられるものを作るように言ってるし、レオポルド殿からも料理長にアマリリスの邪魔をしないように言ってもらったからね」
「………あ、うん……」
これはまた料理長のプライドがズタズタね…
前もソフィーのお茶にいい顔してなかったしなぁ……
「じゃあ尚更ちゃんと食べるよ」
「そう?」
「うん。もう起き上がっちゃったし、目が覚めたから」
「ふぅん……残念」
「え……」
ラファエルが不満そうに起き上がる。
そして私の身体をクルッと回す。
………何故回す…
「ちょっと着替えるから向こう見ててね」
「あ……うん……」
着替えるとハッキリ言われるとなんだか照れてしまう……
衣擦れの音がすっごく気になってしまう…!!
こう思ってしまう私って、異常なのかな…!?
なんだか頬も熱くなってきた気がする!!
ひゃぁぁ……!
ど、どうしたら…!!
「………ん、もういいよ。ソフィアも着替えようか」
「う、うん……って!! じ、自分でやるから!!」
どさくさ紛れで着替えさせようとしないで!!
「………チッ」
………本気の舌打ちしないでくださいラファエルさん…
「き、着替えは侍女を呼んでもらったら…」
「あいにくだけどフィーアは連れてきてないよ。ソフィーを呼ぶから」
「え……でもソフィーは仕事中でしょ?」
「とは言っても、この王宮の侍女は信用できないんでしょ」
ラファエルに見下ろされ、私は思わず固まってしまった。
何でそんな事、ラファエルが知っているんだろう…
「あのパーティの時も王と王妃の傍に給仕侍女はいてもソフィアの傍にはいなかったし、何度かこの国で過ごしているときもソフィー以外の侍女がソフィアの周りにいなかったしね。職務怠慢」
………ぉぉぅ……
ラファエルが気付く程、この王宮の侍女の勤務態度に問題が…
「で、でも真面目な子はいるよ?」
「少数派だけどね。偏見無く、きちんと働いている侍女にはソフィアは作ってない笑顔で接してたしね」
………よ、よく見てらっしゃる…
「そういう真面目な侍女を敢えて付けてないって事は、ソフィアはある意味この王宮侍女の裏の選定者ってとこかな」
「………」
「侍女長とそういう契約をして、王と王妃も黙認している。違う?」
「………仰るとおりです…」
あはは……
ラファエルに付きたい侍女達はラファエルの前ではしっかり仕事してても、私との接し方の違いでバレてるよぉ……
ラファエルに認められたいなら、実は私の世話をきちんと出来ないといけないよ。
ぁぁ…あのサボっている侍女達に聞かせてあげたいわ…
別に私に対してはいらないけれど。
ランドルフ国に嫁ぐしね。
不敬罪に当たることでも、私が選定する者として位置づいている限り、むしろ本性を現してくれる方が良いのだ。
契約を継続するか否か、簡単に判断できるから。
ゆくゆくは――お兄様が王になったときは、サンチェス国の国政を変えてもらおうと考えている。
平民でも真面目な女の子を採用できるように。
貴族から採用と限定してしまうから、こんな事になるのだ。
当主から娘に王や王妃、王子に取り入れと言われてる場合が多いし、その中に私が入っていないから蔑ろに出来るんだろう。
貴族より平民の方が真面目にきちんと働くことを、私は知っている。
今はお父様お母様、そしてお兄様がきちんとした方だから上手く回っているけれど、お兄様の跡を継ぐ者がそうとは限らないし。
後世に残せるやり方を、王族自身が作っておかねばならない。
………もしかして、私がそういう考えを持っているからこそ、お父様は婚約させなかったのかも…
王宮に残してお兄様の補佐をさせようと――
いや、ないな。
ただ単に相手がいなかっただけだ。
「………ねぇソフィア」
「ん?」
「もしかして、王妃が懐妊して不安定になって、この間無断で帰ってきた?」
「………!?」
「ほら、ソフィアは自分を過小評価してるじゃない? まぁ、侍女達の接し方とか見ても、選定者としてはいいのかもだけど、王族として認められてないっていうのは自分で思っているより辛いよ。もし弟か妹が自分と同じ目にあわないか心配だろうし。生まれてきてソフィアが姉と認められずに、1人だけ蚊帳の外みたいになるかもしれないと思ってたらそれも辛いし」
………私、時々ラファエルが怖くなる。
私は何も言っていないのに、なんでそこまで推測で核心を突くのか。
ズキズキと胸が痛み出してくる。
「ソフィアは何処に行ってもソフィア・サンチェスでしょ。この国――王家から離れられないし、きちんと民を思いやれる王女だって俺もレオポルド殿も知ってるから。それに起きてもない事に気を揉んでも仕方ないでしょ」
「………そう、だね。ありがと」
「あ、俺の考え当たってた?」
「っ!!」
や、やられた…!!
認めさせられた!!
「ふふっ。ソフィー呼んでくるね」
ラファエルが部屋から出て行き、私はポフッとベッドに倒れた。
「………王太子が自ら侍女を呼びに行かないでよ…」
悔しくて、ラファエルもラファエルだと、少し苦し紛れに呟いた。




