第325話 理由 ―R side―
身体にかかる負荷が増え、ソフィアの顔を覗き込むと、安心しきった顔で寝息を立てていた。
俺と共にいれば大丈夫だと言った言葉は嘘では無いだろう。
自分の腕の中で無防備に寝られるのは、信頼しきってくれていると分かる。
けれど男としては少し複雑な気分だ。
「ソフィア、寝た?」
「うん。寝たよ」
ソフィアは俺に寄りかかったまま。
少し身体をずらして楽な姿勢に変えてやる。
「見覚えある呪具って言うと?」
「アマリリス元男爵令嬢が使用していた呪具に、そっちの侯爵が使っていた呪具もあったぞ。他にもどんな効力があるのか今親父の精霊に探ってもらってる」
「そう。在庫状況は?」
「あいつは几帳面だからな。ちゃんとリストがあったし、販売した個数とかも残してたよ。流石に販売した人物の名前は書いてなかったけど」
「………一応非合法な物だとは分かっていたのか」
俺はため息をつきたくなる。
合法な物の研究だけしておけばいいものを。
「………何故ソフィアに執着していたんだ」
「ソフィアは昔から奇抜なアイデアを出す子供でね」
レオポルド殿が話している間に、ソフィーがお茶を運んできた。
それに口を付けて再度話し始める。
「ソフィアの言葉によって、食品研究室にアイデアが伝えられて、ロードの研究力を活かして品質改良を行っていたんだ。この国が食の国で豊かなのは確かだけれど、ソフィアとロードのおかげで食物がもっと良い物になっていったよ」
「………で、ソフィアのアイデアを欲しがって、ってこと?」
「執着のきっかけはそうだろうね」
「………きっかけ?」
レオポルド殿の言葉に引っかかり、首を傾げる。
「ロードは王族の血が流れていることを知ってから、王宮に入って王族として生活したいと思い始めた」
「だからソフィアと結婚、って?」
「研究はなにより金が必要だからね。王宮に王族としていられれば、困らないと思ってたんじゃないかな。個人的研究にも金が回せるから。尋問していくと公爵家の財も不正に利用してたみたいだし。まぁ、でないとあんなに大量に薬や道具を作り出せないよね。ロードは仕事もしてないから個人財産はないし」
「………そんな事のために?」
「本人は大真面目だよ」
俺はつい半目になってしまった。
「………ソフィアとレオポルド殿の血筋、問題児ばかりじゃないか?」
「言うな………って、ラファエル殿には言われたくないぞ」
「………」
そっと俺は視線を外してしまった。
元王も元王子も問題児だったな。
「そういえば彼らも未だ牢に放り込んでるけど」
「別に飛ばしてくれてもいいけどね」
「一応他国王子だからね。早々にそれはダメでしょ。まだ余罪追及中だし」
笑ってお茶を口にするレオポルド殿を尻目に、俺はソフィアを見下ろした。
ソフィアが姿を消して捜索に時間がかかった。
もう少し気付くのが遅れれば、ソフィアはこの腕の中に2度と帰って来なかっただろう。
白い手首にくっきりと錠の跡が残っていて、痛々しい。
俺のソフィアをこんな風にしやがって。
包帯が巻かれている足。
包帯の下にも痛々しい傷がたくさん付いているのだろう。
頬も腫れ上がっていたし…
ソフィアは自分で思っているよりも、ずっとダメージを受けているだろう。
俺がしっかり様子を見ておかないと…
ソフィアはすぐ我慢するところがあるからな…
自覚しているのはタチが悪いけれど、ソフィアは無意識に我慢するところもあるからそれもタチが悪い。
無意識の時は本当に自分でも気付いていない様子だから、ますます心配だし…
「そういえばラファエル殿」
「ん?」
「ソフィアと何処まで進んでるの」
「………は?」
ソフィアの手首を優しく撫でているときに聞かれ、思わずポカンとしてしまった。
「まさか婚前交渉してないだろうね」
「するわけないだろ」
「いいや信用できないね。だって口づけもダメだって言ったのに、堂々と俺の目の前でしてくれたからね」
「え……遅くない?」
「聞く暇なかったから」
今更な事を聞かれ、俺は苦笑する。
レオポルド殿なりに険悪な空気を変えようとしたのだろうけれど…
もっと違う話題はなかったのだろうか…
「それに今回の件、ソフィアの貞操の危機だったからね。傷物になってないかの確認。ああ、もう唇は傷物だけど」
「失礼だな。ソフィアはいつまでも綺麗だよ」
………それにもしもの事あったとしても、怒りは男に向くけれどソフィアを離すつもりはない。
逃げようとしても離さない。
ソフィアはもう俺と共に一生いてもらうことが決まってるしね。
俺はソフィアさえいてくれればいい。
多分レオポルド殿も、そしてソフィアも、俺の強すぎるこの気持ちを完全には理解していないだろう。
「で?」
レオポルド殿に半目で見られ、俺は笑う。
「口づけ以外してないよ」
「………本当だろうね?」
「俺も自分の理性を尊敬してるよ」
「………ぁぁ…」
ピッタリとソフィアにくっつかれている今の状態。
更にソフィアは俺の首に腕を回したまま。
首筋、というか耳元近くにソフィアの規則正しい息がかかっている。
もう片方の手は俺のシャツをしっかりと握っている。
………よくこれで我慢できてるよ俺…
「口づけぐらい許して欲しいけど? ソフィアはもう俺以外に貰い手はいないよ。それ以前に渡さないけど」
「………はぁ……ま、親父にはバレないようにやれよ」
「王の影が報告しなきゃね」
「………」
レオポルド殿が遠い目をする。
………まぁ、気持ちが分からなくもない。
もし俺に妹がいれば、過保護になっていたかもしれない。
それにソフィアとの間に娘が出来たら……
ソフィア似の女の子…
絶対可愛いだろ!!
嫁に出したくない。
気が早いけれどね。
「………取りあえず、俺はこれで失礼するよ。………自分で思っている以上に精神的に弱っていると思うから、せめて足の怪我が治るまで滞在してくれ。入国管理者には俺から手続きしておくから」
「………分かった」
「医者の話では7日間は絶対に歩くなと言ってたから、10日は滞在出来るようにしておくよ」
「でもまぁ、精霊達が早々に何とかしそうだけれどね」
「ああ、毒は治せないけど、怪我は大丈夫なんだっけ?」
「それでも完全じゃなくて、人体の治癒力向上を促す程度らしいけどね」
「へぇ。じゃ、失礼するよ」
ひらひらと手を振り、レオポルド殿は出て行った。
俺はソフィアを抱えてベッドに向かったのだった。




