第321話 必要なのは1つだけ
転んでしまった私にかかる影。
恐る恐る私は見上げた。
その瞬間、私はもう立ち上がる気力もなくなってしまった。
「………酷いなぁ……私を閉じ込めて1人で何処へ行くつもりだったの…?」
穏やかな顔のロードがそこにいた。
けれど、雰囲気はどす黒い。
鍵はちゃんとかけたはずだ。
分厚い鉄の扉を、どうやって破ったの…!?
「うぐっ!?」
ガシッとロードに首を鷲掴まれ、身体が持ち上げられる。
私の足は宙に浮き、息が詰まった。
こ、殺されるっ…!!
『主!!』
焦る究極精霊の声が聞こえてくる。
その声のおかげで、意識はまだ遠くなっていない。
「お仕置きだよ、ソフィア。昔の君は私から逃げることなどしなかった」
怯えて動けなくなっていただけよ!
「レオポルドが邪魔して君に会えなくなったけど、1日も忘れたことはなかったよ」
その執着は一体どこから来るものなの!?
「ちゃんと君を花嫁にするために、私は研究に没頭したんだ。人に見つからない薬を作れば、人知れず結婚儀式が出来る。拘束具が取れなければ君は私から離れられない」
私は自分の貞操の危機を感じ、血の気が引いていく。
そんな事のために、精霊達をあんな風にしたのか。
「っ!!」
私は思いっきり足を振り、ロードの腹部に向かって突き出した。
ドッという鈍い音が響いた。
「………ちょっと離れていたうちに、足癖が悪くなったねソフィア」
「………っ!?」
う、そでしょ…
コレでも私はライトやイヴに及第点をもらっていた。
だから、並の相手なら力で勝るだろうと言われたのに…
ビクともしないロードを見て、私はもう自分の知るロードではないと、改めて認識させられた。
ジンジンする足首。
逆に私が怪我を負ってしまったようだった。
ガシッと空いていた方の手で足首を掴まれ、地面に背から叩きつけられた。
「――ぁっ!?」
一瞬息が止まった。
「………ちょっと、予定を早めようか。ソフィアが悪いんだよ? 先に1つになってしまった方が良い。そうすればもう抵抗する気もなくなるでしょ? 恥ずかしがらなくていいよ。王の命だとしても、優しいソフィアだからって相手に義理立てする必要もない」
ロードは私の足を離さず、見下ろしてくる。
ドレスが捲れ、私の下着は彼に惜しげもなく晒されているだろう。
カァッと羞恥心と屈辱で頭に血が上る。
「私が好きだと隠さなくていいんだ」
誰がよ!!
「私はアンタなんかどうでもいいわ!! 今すぐ離して解放して!! 私はラファエルと一緒にいたいの!! 彼さえいれば私はいいの!」
バシッと左頬に痛みが走った。
視界がチカチカする。
頭も揺れている気がする。
一時的に動けなくなった私のもう一方の足も掴まれ、開かれた。
「っ……や………だっ……!!」
身体が動かない。
精霊の力も借りれない。
痛みと枷で、私の抵抗手段がもう無い。
「痛いのは最初だけだからねソフィア」
「い、や……いや! やだぁ!! 助けて!! ラファエル!!」
自然と涙が溢れ、今出せる精一杯の声で私は叫んだ。
ゴォ!! っという風を切り裂くような音が聞こえたのは直後だった。
私の足を掴んでいたロードの手の感触がなくなった。
ハッと目を見開くと、そこにロードの姿はなく、見渡すと木に打ち付けられていた。
………何が、起こって…
ジャリッと土を踏む音が聞こえ、私は慌ててそちらを向いた。
「!! ラファ―――」
そこにいたのは、私が助けを求めた相手、ラファエルだった。
何故ここにいるのか分からないけれど、1番会いたかった人がいて、嬉しくて名を呼ぼうとして呼べなかった。
ドス黒い空気を纏い、表情がもうマジギレだと分かる怖い顔をしていたから。
ロードを睨みつけながら歩いてきて、私のすぐ横に止まったと思えばそのままの顔で見下ろしてきた。
ビクッとしてしまうのは、仕方ないと思う。
けど、それがラファエルを傷つけてしまったかもしれない。
慌てて私は弁解しようとしたけれど、ラファエルの視線がズレていることに気付いて、その視線の先を追った。
ラファエルの視線は先程までロードがいた場所――捲れ上がっているドレスのせいで私は未だに下着を晒したままで――
「~~~~~~~~!?」
バッと勢いよく起き上がってドレスを直した。
「ど、どこ見てるのよラファエル!!」
カァッと真っ赤に染まっただろう顔。
「………お邪魔だった?」
「え……」
睨みつけられるように見られ、私はラファエルに誤解されていることに気付く。
「そ、そんなわけないでしょ!!」
「………冗談だよ。ちゃんとソフィアの助けを求める声が聞こえたからここに来られたんだし」
「ぁ……」
私はラファエルに抱き上げられた。
…そういえば……ラファエルに私が見えてる……
よ、良かった……
憶測が当たっているか分からないけれど、ラファエルに見つけてもらえて安心する。
「………後は任せる」
「「「「「はっ!!」」」」」
何処にいたのか気付かなかった。
ランドルフ国の騎士と、サンチェス国の兵士が森の中から大勢出てきた。
ラファエルはスタスタと私を抱えたままその場から離れていく。
「お前達は俺と共に来い」
声をかけられたのはラファエルの騎士2人と私の騎士。
私の騎士は全員真っ青な顔をして私を見ていた。
心配ないという風に笑う。
なのにみんな痛々しいものを見るかのように、視線を反らした。
………ぁ、私ロードに色々されたから…頬とか腫れ上がっているかもしれない。
思い出して、今更恐怖が襲ってきた。
震えたことに気付かれたのか、ラファエルが私の頭をゆっくり撫でてきた。
恐る恐るラファエルを見上げると、ラファエルは辛そうな顔をして――でも、すぐに私を安心させるように優しく笑ってくれる。
じわりとまた溢れてくる涙。
「………ラファエル……口…づけ……して…」
自分でも何でそんな事を口走ってしまったのか。
ラファエルも驚いて私を凝視してしまっている。
また頬が赤くなっているかもしれない。
こんな外で、人が大勢いる場所で、何を言っているのだろう。
「な、なんでもな――」
忘れて欲しい、と続けようとする前に、私はラファエルに口づけされていた。
その優しい温もりに、私はゆっくりと目を閉じた。
頬を流れる涙は、いつの間にか止まっていた。




