第309話 家族という名の他人
私が不意に発した言葉に、お父様とお兄様が慌て、すぐにお母様を連れて出て行った。
………不用意な発言は慎もうと思っているのに、私はすぐにやってしまうらしい…
使用人達や侍女達も慌てて出て行ったものだから、この部屋には現在、私とソフィーしかいない。
「………ぁ」
立ち上がろうとして、机の下にお兄様が持っていた懐中時計が落ちていた。
大事な物を落とされていますよ、っと…
拾って一応中を確認。
壊れていたらいけないし。
時計がない世界だったのでは、と突っ込みが入りそうだけれど。
私が知っている時計とは違うのだ。
カチッと蓋を開けてみる。
丸い画面に「参」と表示されている。
この時計は、1~3時までを壱、3~6時を弐、6~9時を参、9~12時を四、と表す。
………アバウトすぎなんだよね…
現在は多分7~8時…19~20時頃だと憶測できるから参なのだ。
………ホント、マジで時計が欲しい…
ラファエルが作成に成功したら、懐中時計も作ってもらおう…
そしてお父様とお兄様にプレゼントするのだ。
ちなみにこの懐中時計、王家直系じゃないと開かないとか。
………どういう作りなんだろうか…
ランドルフ国製かと思っていれば、サンチェス国製らしいし。
得体の知れない技術にちょっと怖くなるけれど…
懐中時計を持ったまま立ち上がる。
「ライト、一応お母様の様子、見てきてもらっていい?」
『はい』
天井からライトの声が聞こえ、気配が消える。
「ソフィー、部屋に戻ろう?」
「デザートはよろしいのですか?」
「みんなそれどころじゃないよ。それに――」
「………姫様?」
急に黙り込んだ私に、ソフィーは首を傾げる。
何でもないと笑って部屋へと向かう。
ソフィーが黙って付いてくる。
………それに、本当に妊娠しているのだとして、女児だったらお母様に似ればいいのに。
心底そう願う。
そうすれば、この王宮で愛されるだろうから。
私のように他国へ行くことになっても、惜しんでくれるような存在に。
誰もが見た目で判断するとは思っていないけれど、少しでも可愛く産まれてくれればいい。
男児なら、レオナルドのようになりませんように。
心底そう願う。
「もし明日までかかりそうなら、誰にも言わずに立ち去ることになるわね」
「誰か残しますか?」
「いいよ別に。誰も困ることはないわ」
それにこれ以上、ラファエルと離れたままにされたくない。
本当は今帰りたいけれど。
あの兵士も今はまとわりついてないし、火精霊ですぐ行けるから。
部屋に戻り、室内にいたオーフェスにお兄様の懐中時計を渡す。
「お兄様に渡してきて」
「レオポルド様の影に渡せば良いのでは?」
「お兄様の影はお兄様の命令しか聞かないわ」
「………そうでしたね。行ってまいります」
オーフェスが出て行き、私はベッドに行く。
ポフッとそのまま横になると、ソフィーが眉を潜めた。
………すみませんでした…
起き上がってソフィーが持ってきた夜着に着替える。
「ねぇソフィー」
「はい」
「………家族、増えたらいいね」
「………」
ソフィーからの返答はなかった。
何か思うところがあるのだろうか?
ソフィーを見ると、ジッと見られていた。
………な、なに……
「姫様、心にもないことを仰るなら、早く眠られた方がよろしいかと。何も考えないように」
「………へ?」
「………お気づきになっておられないなら、大丈夫です」
………い、意味深すぎる…
ソフィーは就寝用のお茶を準備しに行った。
私は待ちながらベッドの上で首を傾げる。
「姫さぁ」
「………アルバート、敬語。ここにいるときぐらい使いなさい」
お兄様の影もいるんだから…
「おっと。俺も心にもないこと言わない方が良いと思いますよ」
「………アルバートまで…一体何?」
「増えたらいいね、と言いつつも難しい顔してりゃ、思ってもないことを言ってるって分かるって。あ、分かりますって…ん?」
………アルバートの敬語が迷子に…
「………そんな顔してた?」
「してたなぁ。………ぁ…」
「………もう敬語はいいって」
アルバートの敬語は諦め、手を振って下がらせる。
………そうか。
私はちっとも嬉しそうな顔をしていなかったのか…
子供が出来ることはいいことだと思う。
………思うけど、私はもうその家族の輪に入っていられないからね。
弟でも、妹でも、私に会っても姉だとは分からないだろうから。
お兄様はこの国でいるからいいけれど。
そんな風に思ったのが、顔に出たのだろう。
私は苦笑し、ソフィーが煎れてくれたお茶を飲み、ベッドに潜り込んだ。
………ぁぁ……ラファエルに会いたいな…




