第308話 爆弾発言は要注意
案内されたのは、広すぎる食堂、ではなかった。
お父様のプライベートルームだった。
それ程広くない部屋で、食堂みたいに何メートルもある机の端と端に座るような形ではなく、お父様とお母様が隣に並び、お兄様と私が横に並んで、ハッキリとみんなの顔が見える距離で、言葉も普通に交わせる場所だった。
てっきり食堂で、何を話しているのか聞こえず、使用人に繋ぎを任せる場所で、楽しくない食事だと思っていたのに。
「珍しいわね。あなたがこの部屋で子供達と食事をするなんて」
広くもなく狭くもない部屋の壁側に、使用人や侍女がずらりと並んでいるのは圧迫感がある。
「もう2人は子供じゃないからな」
食事よりお酒の方が進んでいるお父様。
身体を壊さなきゃいいけど。
………それにしても…
私はチラリと並んでいる侍女達を見た。
彼女たちが大人しいところなんて初めて見たな。
別に私にどうしようが、お父様達に何も害がないならいいんだけれど…
「失礼致します」
料理長が次の料理を並べていく。
………美味しいのだけれどもね…
ちょっと私には脂っこいかな…
食の国なのだから、野菜メインの方が良いなぁ……
何故他国の肉などをメインにするのだろうか…
どの料理も……前菜も主食も重いよ…
「姫様。こちらを」
ソフィーがソッとお茶を出してきた。
勝手に出したことで料理長がソフィーを鋭く睨んだ。
自分の手順に割って入られたのが気に入らないのだろう。
食事に合うようにと用意された飲み物がお酒だから。
なのにソフィーはお茶を出した。
並んでいる侍女達は嘲笑いしている。
非常識な侍女を傍に置いている私に対しても、だろうけれど。
私は匂いを嗅いだ瞬間に、笑みを隠せなかった。
「ありがとうソフィー。丁度お茶が欲しかったの。やっぱりソフィーが1番わたくしのことを分かって下さっていますわね」
「勿体ないお言葉です。わたくしは姫様の専属侍女ですからこれぐらいは」
そう言ってソフィーが元の位置に控えた。
「あらソフィア、そのお茶は?」
「はい。こちらのお茶は身体の中の消化機能を助ける働きをしてくれるお茶です。わたくし、長くランドルフ国でお食事をさせていただいておりますので、こちらの料理が少し受け付けにくい身体になってしまっていまして」
チラッと料理長を見ると、ハッとした顔になった。
王宮専属であり、しかも料理長を務めている誇りはあったのだろう。
けれど、それは称号であって手を抜いていいという事ではない。
主に値する王家の者達の体調、環境を考え、その者に合った料理を出してこそ、料理長と言われるのが普通だろう。
ここ3日出された料理もお兄様と食べていなかったときは、こっそりライトを通して処理してもらってもいた。
処分じゃなくて代わりに食べてもらっていた、という意味の処理だ。
ランドルフ国の料理の味付けは薄味だし、主流は野菜などで、肉や魚は高価であまり食べられることはないから。
私にはそっちが合ってるし、すぐに馴染んだ故にサンチェス国の料理が重い。
さすがにお兄様がいたときは頑張って食べて、これと同じお茶を就寝すると言ってベッドに入った時、お兄様の影に見つからないようにこっそりライトに持ってきてもらっていた。
………って、なんで私が一々使用人に対して、気を使わないといけないのか分からないけれど。
まぁ、私だけに態度が悪い使用人を告げたところで、私1人悪者にされそうだったし。
みんな、疲れないのかな?
悪役令嬢――悪役王女になりたくないし、どうせ接点がなくなる使用人を私がどうこうする必要はない。
3人にとっては良い人達ならそれでいい。
なにも問題を起こさなければ。
「まぁ……大丈夫? 無理しなくていいのよ?」
「そうだ。残せば良い」
「何を仰るのですかお父様、お母様! 食の国の王女が出された料理を残すなど、あり得ませんわ!」
「それ、私が言った台詞だよね」
力説すれば、お兄様に小声で突っ込まれ、私は机の下の見えない位置でお兄様の足を踏んだ。
ニッコリした顔のまま固まったお兄様。
ざまぁみろ、と言いたい。
余計なことは、今突っ込まないでいいの!
「口に合わないわけではありませんから。身体が受け付けないだけですわ」
ニッコリ笑って言うと、みんな固まってしまった。
………あ…あれ……?
「ぶっ……!」
………何故噴き出すお兄様。
「ソフィア、フォローに、なってな、いよ」
………辛そうですねお兄様。
「………料理長、もうソフィアに後の料理は出すな。ソフィアにはデザートを」
「す、すぐに用意致します!!」
慌てて料理長は私の前に置こうとした料理を下げ、去って行く。
………え!?
「お、お父様、わたくしは大丈夫ですわ」
「無理をするな。後で軽食を持って行かせる」
異議は聞かない、というような声で言われ、私は引き下がるしかなかった。
チラリと周りを見ると、みんな視線が合わないように反らしている。
………私、マズいことを言ったらしい。
とばっちりを受けないようにみんな必死なんだろう。
………もう黙っていた方が良いようだ。
私はソフィーの用意したお茶に口を付けた。
「ソフィー、わたくしにもソフィアと同じ物をもらえる?」
「畏まりました」
「お母様…?」
お母様も食事にはお酒のはずなのに…
「最近わたくしも料理を受け付けないときもあるのよ。お酒を飲めないときもあるの」
「そうなのですね」
「年はとりたくないものねぇ」
………と言ってもお母様は40代なんだけど…
………ん?
「お母様、懐妊はしてませんよね?」
「え?」
「「ぶっ!!」」
私の言葉にお母様は首を傾げ、お父様とお兄様はお酒を噴き出した。
「………そういえば、月物きてないわねぇ」
「え!?」
「早く言え!!」
呑気にお母様が言い、お兄様が驚き、お父様が慌てる。
………なんだこれ。
周りも騒がしくなり、穏やか(?)な食事タイムは終わった。




