第307話 裏方達の様子 ―? side―
「え、4名分、ですか…?」
「ええ。実はソフィア様が戻ってこられていたみたいで…」
「っ!? そ、それは、レオポルド様が直々に料理を運んでいた事と何か関係が…?」
「ソフィア様のご事情でお部屋に籠もられていたようで」
シンッと侍女達の口から言葉が出てこなくなる。
内密の帰国に、内密の滞在。
侍女に話を通さないのは上の勝手だが、判明した以上、侍女達の心境は計り知れない。
信頼がない。
と、言われているようなものだった。
侍女長にぐらい話を通し、内密にすることはあっても、今回のように何も知らされず、明日帰るから今日の晩餐は王と王妃、王太子と王女の4人で取ると言われれば固まってしまうのは当然だった。
ちなみにカサブランカは身重のため、いつも軽い物を部屋でとっている。
通常の食事の匂いにも敏感に反応するため。
「ら、ラファエル様はいらっしゃるのかしら!?」
「ちょっと話聞いてまして? ソフィア様を含めた王家4人よ。ラファエル様が入れば5人でしょ!」
「えー!? ラファエル様を含めた4人ならまだしも…」
不敬なことを口走った侍女の顔が、突如として真横に向けられた。
パァンッという音と共に。
「きゃぁ!?」
その侍女本人も、周りも、悲鳴を上げた。
「今すぐその口を縫って差しあげましょうか。ソフィア様はサンチェス国にいらっしゃっても、ランドルフ国に向かわれても、嫁がれた後も、わたくし達侍女の仕えるべき御方です。その御方を蔑ろにするような発言。恥を知りなさい!!」
声を上げた女性に、侍女達全員が真っ青になって一斉に頭を下げた。
頬を打たれた侍女は涙目で、尻餅をついている。
「晩餐まで時間がありません。無駄口を叩いていないで、さっさと部屋の準備と料理の準備をなさい! 王がいらっしゃる上に、王家の方が揃うのです! ミスは一切許されませんよ!!」
一括され、侍女達は返事をし、散らばっていった。
1人を除いて。
「………全く……レオポルド様もソフィア様も、王宮侍女を蔑ろにしすぎなんですから…」
2人は何でも自分でやってしまうが故に、侍女達の評価は何故かソフィアに対してのみ悪い。
同性故と言えばいいのか、レオポルドはイケメンな上仕事が出来る憧れ感が凄いせいと言えばいいのか。
仕事を振られないのは、させられないから。
つまり、一般的には信用されていないからと受け止められる。
それは多かれ少なかれ侍女の矜持を傷つける事になる。
侍女長は業務日誌を手に取る。
これは侍女達1人1人が当日の仕事内容を記し、侍女長がそれを元に評価を付ける。
勿論評価が良ければ給金はいいし、悪ければ王宮侍女の中でも下っ端扱いされる。
勿論本人の提出してきたものを鵜呑みにしていれば、侍女長とは言えない。
きちんと確認は取っている。
明らかに可笑しいと思えば主達に聞きに行く。
王と王妃はいいのだ。
きちんと報告と一致する。
虚偽を書けば最悪首が飛んでいく可能性があるために、2人の世話をした侍女達は虚偽は一切書かない。
逆にレオポルドとソフィアについた侍女達は虚偽を書くことが多い。
レオポルドに確認すれば…
『頼んだかな? 頼んでないかな? でも書いてるなら頼んだんだよ、きっと』
と適当。
ソフィアに確認すれば…
『そんな事頼んでいませんけれど。既にわたくしが行った後でしたし。部屋に来る時間に来ず大幅に遅刻されましたし、そんな人に仕事を頼めませんでしょう? 今後もいらないので来させないで下さいませ』
とすっぱり切り捨てる。
勿論そんな侍女はクビになっているけれど。
レオポルドの元へはいそいそと甲斐甲斐しく世話をやりたがる侍女は、ソフィアの元へ行くときはいつも直前まで嫌そうな顔で。
「………どうしてソフィア様を皆軽く見られるのか……主に忠誠心を持てない侍女が多すぎますね。かといって真面目な平民は雇えませんし……頭が痛いですわね…」
「………皆、ソフィア様より自分の方が美人だとか、その辺りだけの優越感でしょう。それがどういう結果を招くのか考えが足りないんですよ」
「全く……ソフィア様が自分で身の回りのことをされるのは、信頼できる侍女がいないせいですのに。仕事をもらって評価をもらうためにはソフィア様にこそ、認められなければなりませんのにね。昔から学ばない人達が多くて困ります」
「王や王妃、それに王太子に愛想を振りまき、ソフィア様を蔑ろにする者達は、ソフィア様に聞けばすぐに分かりますから。評価がしやすくていいですけどね」
ソフィアの評価で王宮の秩序が保たれていたところもある。
侍女のサボりもソフィアがこの王宮からいなくなるまでは粛清されていっていた。
「ソフィア様、頻繁に帰ってきて下さらないかしら…ソフィア様がいなくなってから、また増えている気がします」
「気のせいではありませんからね。侍女達も、ソフィア様の外見ではなく、内面を目の当たりにすればいいのに…また侍女達の手抜きなどご指摘下さいませんかね?」
「ソフィア様はご自分を過小評価していますから……そんな能力はないと仰るでしょう。それに明日にはランドルフ国へ戻られると聞いておりますよ」
「………そうですか…」
ふぅっと息をつく侍女に、侍女長はクスリと笑った。
「頼んでみますか?」
「え……」
「ソフィア様とご一緒したいのではありませんか? ランドルフ国でもお世話したい、と」
「そ、そそそんなことありません!! わ、私も準備に行ってまいります!!」
侍女は顔を赤らめ、部屋を後にした。
侍女長はくすくす笑ったまま、厨房へ向かった。




