第306話 謁見です
「やぁソフィア、どんな感じ?」
部屋に入ってきたお兄様は、開口一番にそう言ってくる。
その後ろにあの兵士がいたものだから、即座に顔を作ったのだけれど、視線はお兄様を睨むようにしてしまう。
「いい感じのようだね」
「何処がですか」
良いように解釈しないで欲しいんだけど。
「………お兄様」
「あはは、ごめんごめん。父上が戻ってきているから、今なら執務室にいるよ」
「そうですか。では、行って参りますね」
「私も一緒に行くよ」
お兄様と共に部屋を後にする。
一応オーフェスとアルバートに付き添いを頼んだ。
お兄様側は無礼兵士がつく形に…
どうやってもついてくるらしい…
軽口も出来ないな…
「ソフィア、ランドルフ国に帰ると父上に言うの?」
「はい。こちらに来たのはわたくしの事情ですしね。向こうの学園の授業も遅れてしまってますし」
「じゃあ、また例のものはあの方法で送るね」
「分かりました。こちらは返送しますか?」
私は首元に手を添える。
「いいや。ネックレスは女性向けだからね。正装するときに付けたらいいよ。父上もそれでいいと仰っていた」
「そうなんですね。ありがとうございます」
話しているうちにお父様の執務室に到着。
お兄様がノックし、お父様の声が中から聞こえて入って行く。
騎士と兵士は壁側に待機。
私とお兄様はお父様の執務机に対面になるよう、ソファーに座った。
お父様は書類を何通か終わらせた後、執務机から離れ、私達の対面のソファーに座った。
「………帰るのか」
「あ、はい。明日の朝に発とうと思います。今日今から出立すれば3日後の夜になってしまいますので」
本当は火精霊ですぐだけど、あの兵士がいる手前、通常の移動手段の日数で言わなきゃだからね…
「そうだな」
「あの、お父様。この度は申し訳ございませんでした。ご迷惑をおかけしまして…」
「構わん。今までの方が問題だったのだ。ランドルフ国ではやりづらいだろう。お前のやり方でやればいい。責任は取る」
「ありがとうございます」
お父様の言葉に私は頭を下げた。
「アイデアは受け取った。やるならランドルフ国は勿論、こちらでもやってくれるんだろうな?」
「勿論です。日程はずらした方が良いでしょうし、サンチェス国に来国はしますが、ランドルフ国に来国しない人も多いでしょう」
「そうだな。………ソフィア」
「はい」
「サンチェス国で温泉街は出来ないのか」
………よっぽど気に入ったのだろうか。
それともやっぱり国益…?
私は少し固まった後、考える。
「………無理ですね」
「何故だ」
「まず源泉自体はそう難しくないと思います。今ランドルフ国の地を流れているのを引き延ばすだけなら」
「では問題は何だ」
「お父様もご存じの通り、万年雪が積もっていたランドルフ国の地が、見違えるように他の国と同じようになっております。雪が積もらないように地面…土が暖かいからです」
「それやっちゃうと、サンチェス国の土の温度が高温になって、畑の食物全部枯れちゃうかもねぇ」
説明途中でお兄様が間に入ってきた。
私はその言葉に頷く。
「………はい。畑を避けたとしても、目に見えない地面の温度はどう広がっていくか分かりませんので…」
ランドルフ国の様子を見る限り、かなり広範囲の地面の温度が高くなると推測される。
あまりパイプを小さくすると、耐久に問題が出てくるし…
「それに場所の問題もあります。現在中心部から作物を育てているので、空いている土地がサンチェス国領土と他国との境の国境付近しかないですし、これから私のアイデアの作物を増やそうとしているのに、温泉街もとなると……」
「………土地問題か。それはどうしようもないな。今の生産量を減らすわけにはいかない」
「収穫頻度を増やすと土地が痩せていくしねぇ」
お父様が難しい顔で腕を組んだ。
「やはり難しいか」
「何か問題でもございましたか…?」
「いや、平民が通うにしては距離があるからな。国境のシステムを変えて簡易化する事で時間短縮になり、往復の乗合馬車を出すことで、平民もそれなりの早さで行けるだろうが…」
「そうですね…」
アンドリュー公爵が頷きさえすれば城下街にも作れるのだろうけれど……
今の温泉街がまだ開放されていないし、効果を知って頷いてくれるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
エイデン公爵のところはまだ主道さえ整えられていない。
ガルシア公爵のところはミルンクとコッコのことに集中して欲しいし…
「………取りあえず持ち帰ってもよろしいでしょうか? ラファエル様にご提案してみます」
「宜しく頼む。これは書類だ」
………お早い作成で…
私は受け取り、オーフェスを手で呼び、書類の保管をお願いした。
オーフェスはサンチェス国国紋が入った書類ケースに仕舞い、脇に抱える。
あのランドルフ国学園に届いた書類ケースと同じ物だけれど、厚さは薄い。
「………今日はいられたな」
「はい」
「じゃあ、夕食に付き合え。レオポルド、お前もだ」
「お。久しぶりに親子の会食だね。母上も呼んで下さいますよね」
「ああ」
お兄様と笑い合いながら、1度お父様の執務室を後にした。




