第301話 こんなのは嫌です!
ざわりと周りが騒がしくなったような気がした。
頭の上でぼそぼそと喋られているような…
雑音みたいに聞き取りにくい。
それ程大きくない声に、私は苛つく。
人が眠っているのに、何を騒ぐことがあるの。
安眠妨害だ。
いくら規約を破った謹慎中の私にも、最小限の睡眠は与えられていいと思うけど?
一言文句言って――ちょっと待って…
これ、既視感が半端ないんですけど…
パチッと目を開けばあの真っ白な空間。
………やっぱりかぁ…
私は思わず肩を落とした。
「出て行け、即刻」
「いいや、見せてもらう。それが我が国をより大きくするための手段だ」
………見覚えない精霊と、うちの精霊達が言い争ってる…
………誰だ…
契約していても関係なしに、精霊って全員が人の心に無断で入って来られるものなのだろうか…
取りあえず身体を起こして立ち上がった。
「………どちら様ですか」
ハッとして全員が私に注目した。
………取りあえずさっさと帰ってもらって私は睡眠が欲しい。
アイデアを出せと言われ、不眠で考えを練り、その後すぐに精霊と視界を共有していたために、疲れが半端ない。
「おお! 起きたか我が娘!」
「………娘じゃないし」
「いや、契約者の娘は我の娘と同じ!」
ブラウン……いや、それより黒に近い髪色に、同色の衣。
露出多めで目のやり場に困る。
両手を広げて抱きしめてきそうだったので、数歩下がる。
………なんだこのテンション高い精霊は。
契約者の娘…
ということは、お父様の契約精霊?
「そうとも! 我はアレンの契約精霊なんだよ! 我は食が好きだ!」
「………はぁ…?」
………しれっと心を読まないで欲しいんだけど…
「アレンと終わっても息子と契約するからお主は今度我の妹になるな!」
「………ならないし」
お父様、切実に願いたい。
お兄様に引き渡すまでに性格の改善をお願いします。
「息子から増やして欲しい食物リストをもらってなぁ! 我が作るためにこうして来てやったのだ! はっはっはっ!」
………煩い…
って、リスト…?
………もしかして、私が提案した食物をお兄様がお父様に渡し、お父様がこの精霊に渡したというのだろうか…
「そうとも! だから我が娘よ! 頭を寄越せ!」
「………は!?」
「我に情報を渡すがいい! 我がお主の願いを叶えてやろうぞ! そしてより我がサンチェス国に食を!!」
頭って……記憶のことか…
………うん、欲しい食材が手に入るのは純粋に嬉しいよ?
………でもね…
この暑苦しい精霊に渡すのは嫌だなぁ…
緩ふわウェーブの地に届きそうな長い髪をなびかせ、一カ所に留まっていられない様子の精霊を、私は半目で見ていた。
両手を上げ、何が楽しいのかずっと高笑いしているし、たまに上半身を覆う服というよりもはや布を羽織っただけのような衣を脱ぐ。
………って……何故脱ぐ…
そのままくるくる回っていると、ふと思い出したように服を着る。
………寒かったのかしら…
そしてそれの繰り返し。
「………さっさとお帰りいただいて」
私は半目のまま、そう伝えるとお父様の精霊は私の精霊達に拘束される。
「ちょ!? 我はまだ貰っていないぞ!?」
「水精霊に記憶を転じてもらう。取りあえず貴方はキモいから出て行って」
「き…!?」
私の精霊達が無理矢理連行してくれていったおかげで、漸く静かになった。
………ドッと疲れた……
「………お父様の眉間のシワがいつも多いのは彼のせいかしら…」
思わずそんな事を思ってしまった。
しかも…
「………あんなのがサンチェス国食の究極精霊なんだ……」
なんか、すっごく嫌だった。
もうちょっとこう……なんて言えばいいのだろうか…
と、取りあえず、私の精霊にあんなのいなくてよかった、と心底安心してしまった。
究極精霊に失礼だとは思うけど、生理的に無理…
うっ……っと思わず戻しそうになった。
「主、大丈夫で?」
「………ん。大丈夫。また来られたら困るから、水精霊、私の記憶の中からリストの食物情報持って行ってくれる?」
「分かりました」
水精霊が消えていく。
「………これって、今後も欲しい食物があれば実現可能、っていうことかな…」
私はそんな事を考えていた。
それによって睡眠が十分ではなく、翌日がキツかったのは言うまでもない…




