第299話 親心は時に残酷 ―Re side―
親父からの伝言を持って、俺はソフィアの部屋へと向かった。
ノックをすれば、中からソフィアの入室許可の声がする。
許可が出ればソフィアの部屋の前に立っていた兵士が扉を開ける。
相変わらずの桃色一色の部屋。
扉から見て正面の椅子にソフィアとお袋が座っている。
「あら、レオポルド。お帰りなさい」
「ただいま。母上、謹慎中のソフィアに会われては困ります」
「まぁ。貴方まであの人と同じ事を言うのね…」
「………父上も許容するはずがないでしょう…普段ならまだしも、ソフィアはしてはいけないことをしたのですから、謹慎をしているのです。反省の意思を見せることが必要なのですから、ここで呑気に母上とお茶を楽しんでいるのは非常識です」
「でも、ソフィアは謹慎が解けたらランドルフ国へ行ってしまうでしょう?」
お袋が悲しそうな顔をする。
………いや、そんな顔しても許容出来ることと出来ないことがあるんだよ…
それに、“行ってしまう”か。
まぁソフィアはまだ嫁に行ったわけじゃないから、帰る、ではないのは分かるが…
お袋ももしかしたらソフィアの婚約を、まだ解消しようとしているのかもしれない。
親父もお袋も往生際が悪いな。
ソフィアはもうラファエル殿と結婚する気満々だし、ラファエル殿も勿論そうだ。
どんだけ親馬鹿だよ。
ソフィアが可愛いのは分かるけどさ…
大事な一人娘だし。
「それでもいけません。さぁ、それを飲み終えたら部屋へ戻ってください。ソフィアには父上からの言葉を伝えなければいけませんから」
「あら。わたくしには聞かせてくれないの?」
「規則ですから」
「もう! 本当に2人とも融通が利かないわね! 少しは母に優しくして!」
「していますとも。常識に反すること以外は」
お袋が頬を膨らませる。
………反応がソフィアそっくりだな…
………いや、ソフィアがお袋に似ているのだが…
ソフィアが婚約してから、お袋はソフィアに隠していた愛情表現を表に出すようになってきた。
可愛い一人娘が他国に嫁ぐ事になりそうだからかもしれない。
寂しいのだろう。
「母上、私に文句を言いつつ、お茶に口を付けない時間稼ぎはお止め下さい。それに先程から母上の侍女が後ろで困っています。この後の予定に支障が出るのではありませんか?」
「本当に意地悪だわ! カサブランカに言いつけるわよ!」
「お好きにどうぞ。彼女は私の味方ですから」
「よくそんな有りもしないことを自信満々に言うわね。喧嘩ばかりだと聞いているし、カサブランカからも苦情がありましてよ」
「母上こそ妄言が過ぎますよ」
鋭い視線で睨まれるが、俺はそれを笑って流す。
「ソフィア、貴女はわたくしの味方よね?」
「………お母様……申し訳ございません……わたくしは、罪を犯しました…その罪を償わねばなりませんので、今回は…」
「ソフィア……ぁぁ、可哀想に……お父様とお兄様に虐められているのね…」
お袋がソフィアを抱きしめた。
そんなお袋の態度に目を白黒させて混乱するソフィア。
………だろうな。
ソフィアはお袋に抱きしめられた記憶がないのだから。
俺もない。
子を大事にできる人なのだと気付いたのは、俺も最近だったし。
「大丈夫よソフィア! わたくしがお父様を説得しますから!」
「………ぇ…」
「可愛いソフィアはわたくしが助けてあげるわ!」
「お、お母様…?」
お袋は一方的に話した後に、茶を飲み干して去って行った。
唖然とソフィアは見送る。
俺は呆れて、お袋が座っていた場所に腰を下ろした。
「さて、ソフィア。お前の罪に対して――」
「いや、お兄様…さっさと本題に入らないでください…お母様を先に止めてください…」
「大丈夫だよ。お袋の癇癪の相手は親父がやる」
「あ、あれは癇癪なのですか…?」
「たまにああなる」
「そ、そう、なのですか…?」
ソフィアはあんなお袋見たことないだろうから、戸惑うのは無理はないが…
結構ソフィアと同じ様な行動取るぞあの人。
親子だと納得できるような行動を。
「親父からお前への罰として、サンチェス国のためになるアイデアを最低でも1つ以上出すこと」
「………アイデア…」
「期限は3日以内」
「3日…」
ソフィアは顔を俯かせた。
そして難しい顔をする。
………まぁ、ソフィアのアイデアでランドルフ国が立て直しているとはいえ、アイデアの種類を見ればランドルフ国だからこそ出来たアイデアだとわかる。
うちのような食の国では、成し得ないことばかりだ。
これは、難しい課題だな。
「どうした。出来ないか? このままここに留まり、ラファエル殿に会えなくなるのが望みか?」
「い、いえ……アイデアはあるのはあるのですが……こちらの国で実現できるような物ではなくて……ランドルフ国で開発し、こちらに提供できる物ばかりで…」
「だろうな。だが、親父の口ぶりからして、サンチェス国が独占できる権利を持つ物のアイデアを求めている」
「………ですよね…」
ソフィアは自分の手を見つめる。
親父の望みであるアイデア出しが出来なければ、ソフィアの謹慎は長引くだろう。
このソフィア謹慎の本当の狙いは、ソフィアの奇抜なアイデアを出させることだろうから。
親父の頭には端からソフィアの罪のことさえないのだろう。
………それでは示しがつかないから、ソフィアに言わないだけで。
元々親父は俺よりソフィアに期待しているからな。
可愛い娘だから婚約させなかったのではない。
将来この国で俺の補佐にするために残していたのだろう。
それはラファエル殿の介入により、結局婚約してしまったが。
ソフィアがこの国から出て行った後、何かにつけて呼び戻そうとしてたからな…
ほんと、大人げない。
頭がいいからではない。
ソフィアのたまに呟かれる奇抜なアイデアは、幼い頃からだったから。
どうしてそんな事が分かるのか、どうしてそんな事を考えられるのか。
疑問は既に解決済みだ。
この国の食の種類が豊富になったのは、幼い頃からのソフィアの呟きからなどと、ソフィア自身は気付いていないけれど。
無意識からだからこそ出ていたアイデアは、いつからか出なくなっていた。
そしてランドルフ国へ行ってから、今度はソフィアが意図的にアイデアを出して改国していっている。
親父はこの機会を逃しはしないだろう。
だが意識的だからこそ、この国用のソフィアのアイデアは出にくいだろう。
それをいいことに、ソフィアをこの国に留めようとする親父の考えには賛同できかねるが。
けれどソフィアのアイデアを俺自身欲しいこともあって、ソフィアに告げることに何の躊躇もなかった。
悩むこと自体がソフィアにとっての罰になるだろうし。
冷静な判断や行動は、考えることによって身につくものだと俺は思っている。
これから先、ソフィアが規約に反することにならないように、ちゃんと冷静に行動してくれよ?
俺はうんうん悩むソフィアを見ながら、俺用に煎れられた茶に口を付けた。




