第290話 自覚無しは困ります
「へぶっ!!」
アルバートが乱暴にレオナルドを牢に入れ、レオナルドが石の床に顔面を擦りつけた。
ナイススライディングなんだけど…
……うわぁ……痛そう……
思わず同情してしまった。
ガシャンッと牢の扉が閉まり、鍵がかけられる。
「な、なんだお前は! まさかアマリリスを奪った野郎か!?」
がばぁっとレオナルドが体制を立て直し、こちらを見て叫んだ。
………アマリリスがいなきゃ周りを見れるんだ。
ジェラルドの顔は覚えていないらしい…
それもどうなの?
それに、鼻血出てるよ…?
「俺はあんなのに興味ねぇ」
ぇ…
アルバートの好みはどんなの?
ちょっと興味ある。
「じゃあお前か!?」
「私は最愛の婚約者がいますので」
ヒューバートはソフィーがいなきゃ冷静にそう言えるのね…
「じゃあお前か!」
「私は女性に興味ありませんので」
え!?
オーフェスまさかのそっち系!?
「じゃあお前だな!?」
「俺はソフィア以外興味ない」
ラファエル不意打ち止めて!
「じゃあおま――ソフィア?」
ようやくレオナルドの視界に私が入ったらしい。
「ごきげんよう。レオナルド」
「兄を呼び捨てか!?」
「あいにくですが、貴方は追放された身です。平民に対してわたくしが敬称を付けることはございません」
「妹のくせに調子に乗るな! 不当な処分を受けたんだ! 絶対に俺は王族に戻る!」
「戻れません。地位を剥奪された者を、王家がまた受け入れるわけがございませんでしょう。どこまで非常識なのですか」
アルバートが牢の正面に椅子を1脚用意し、ラファエルが私を促すから素直に座った。
そしてレオナルドを見据える。
「第一、どうやってこちらへ来られたのですか」
「ふん。あんな国境など、名前さえ変えれば素通り同然だ!」
「はい、罪が1つ増えましたね。オーフェス、書き取りを」
「すでに」
レオナルドの罪1.偽証罪。
「今までどちらにおられたのですか」
「どこって、そこら辺ぶらぶらしてただけだ」
………それは可笑しい。
それならばすぐに精霊が見つけてくれたはず。
「ああ、なんか変な薬飲んだな」
「………薬?」
それが何か関係があるのかしら…
「入手した先は?」
「国境付近の店」
チラッとラファエルと視線を交わす。
オーフェスも書き取ってくれているようだ。
………ってか、するする答えるわね…
普通こういうのも交渉に使うものなのだけれど…
「っていうかここランドルフ国だろう。なんでお前がいるんだ」
………え?
遅くない?
「何故って、わたくしはこちらのラファエル・ランドルフ様とご婚約させていただいておりますから。こちらでランドルフ国の事を学んでおります」
「はぁ!? お前なんかが婚約ぅ!? 16年間1度も縁に恵まれなかったお前が! 行き遅れの売れ残り王女のクセして! 夢見てんじゃないのかよ!?」
グサッと心に言葉が刺さる。
あ、あんたに言われなくたって分かってるわよ!
ガインッ!!
顔には出さず、密かにダメージを受けていた私の耳に、固くて重い音が聞こえてきた。
ハッとしてみると、ラファエルが牢の鉄格子に足をかけていた。
ラファエルが鉄格子を蹴ったらしい。
「………ソフィアをもう一度侮辱してみろ。ここから出る時は、頭と胴が離れているだろうな」
こ、怖いよラファエル…
「罪状、侮辱罪が加わります」
あ……オーフェスが冷静にメモってる…
レオナルドの罪2.侮辱罪。
「………わたくしの事はさておき、貴方はアマリリスを追ってきた、そうですね」
「そうだアマリリス! アマリリスをどこにやった!!」
「アマリリスはわたくしの侍女見習いです。わたくしは貴方にアマリリスを渡す気はありません。諦めなさい」
「なっ!? お前なんかよりよっぽど美人で可愛くて優しいアマリリスを、お前が扱き使っているというのか! 身の程を知れ! 今すぐアマリリスを解放しろ!!」
背後でチャキッという音がした。
私は手を上げて止めさせる。
ラファエルも動かないでよ…?
チラッと見たら、顔が怖かったです。
レオナルドいい加減にして!?
「そもそも、アマリリスにはもう婚約者がおります。ですから、例えわたくしから解放しようとも、貴方のモノにはなりませんわよ」
「………は……?」
漸くレオナルドは、アマリリスに婚約者(正式なものじゃないけど)がいるということを理解したらしい。
アマリリスの言葉には耳を傾けなかった。
ここにアマリリスを連れて来なくて正解だったようだ。
そして城下街でのジェラルドとの出来事を思い出したのか、ズルズルとレオナルドは座り込んだ。
………人前で口づけなどすれば、もうその相手としか結婚できない。
人前でなければ、黙っていれば大丈夫と思う女もいるけれど、そんな人は少ない。
人のモノだった女性でもいいという男は、若い年代ではまずいない。
この世界での婚姻は、清い関係が求められるから。
「貴方は自分を偽り、そして自国の王女も侮辱した。そして王族の侍女に無理矢理言い寄った。これらの罪を自覚なさい。自分が王族だったという矜持があるのなら、尚更罪から逃げることは許されませんわ。元王族のプライドまでドブに捨てたと仰るなら、もうわたくしから何も言うことはございませんわ。そもそも貴方にもう元家族としての情など、あの社交場の時からありませんから」
私は立ち上がり、顔を上げないレオナルドを一瞥しその場から離れる。
「アルバート、レオナルドを見張っていなさい。オーフェス、サンチェス国へ連絡を。ヒューバート、私と共に」
「おう」
「はい」
「畏まりました」
レオナルドをさっさとお父様とお兄様に引き取ってもらって、処分してもらわないと。
私も、そしてアマリリスも心が安まらないわ。




