第287話 私を役に立てて ―A side―
「………はい?」
姫様に言われた言葉が理解できなくて、私は首を傾げた。
『レオナルドがアマリリスを諦められずにサンチェス国から姿を消した。現在ランドルフ国に来ている可能性がある』
姫様の言葉はこうだった。
真剣に見つめられているけれど、私は目を見開き、固まるしかなかった。
何度か姫様の言葉を反芻し、漸く事態が飲み込めたのは、おそらく2・3分経った後だろう。
「………はぁ!?」
ガタンッと勢いよく座らされていたソファーから立ち上がった。
「アマリリス」
「あ、も、申し訳ございません…」
冷たくソフィーに言われ、私はハッとする。
目の前に姫様もラファエル様もいらっしゃるのに…
「いや、気持ちは分かる。ソフィー、大丈夫だから」
ラファエル様に言われ、ソフィーは頭を下げて元の位置に戻る。
「アマリリス。念の為に聞くけど、レオナルド・サンチェス元王子に対して、力を使っていた?」
「使ってません!!」
私は立ったまま、思いっきり首を横に振った。
誤解はして欲しくない。
姫様にだけは。
「私はあの時にはまだ自分がそんな力を持っているなんて、気付いていませんでした。王宮から連れ出されて…平民落ちして街を歩いていた時、目が合った男性が次々に寄ってくるのに気付き、不思議に思っていると自分の中に何か違和感を見つけ、それから徐々に分かっていったんです。レオナルド元王子に対してはそんな違和感はなく…」
信じて欲しくて、聞いてきたラファエル様にではなく、姫様の目を真っ直ぐに見つめながら言葉を発する。
「………じゃあ、本当に普通の攻略していただけって事ね?」
「は、はい…“分かっていた”会話をしていただけなんです…」
本当にそれだけでコロッと私に落ちたから…
………今となっては非常識なことをしてしまって、姫様にも、そしてローズ・ギュンターにも申し訳なく思う…
私のせいで、掻き乱してしまった。
あの時の私は、本当にこの世界はゲームだと思い込み、好き勝手していた。
そうなって当たり前だと。
私の心臓が動き、そしてモブと思い込んでいた人間にもちゃんとした名前があり、色々な経験をして生きている人なのだから、リセットし放題のゲームではないと自分で気付くべきだったのに…
姫様に説教されるまで、考えもしなかった。
私は最低な人間で…でもそんな私をこうして生かし、ちゃんと成長を見ていてくれている姫様には感謝してもしきれない。
私には絶対に出来ないことをしている姫様を、本当に尊敬している。
………ラファエル様が絡んだときは別だけど…
「………チョロすぎるでしょレオナルド…」
ぼそりと呟かれた姫様の言葉に、私は思わず頷いてしまった。
今となっては本当にそう思う…
生きた人間なら、あんな簡単に心変わりしたことを恥じるべきだと思う…
人のことは言えないけど…
「だが、レオナルドが君に執着してしまっているのは事実だ」
「………はい…」
自分が撒いた種だ。
これは私が責任をとるしかない。
「あ、あの! 私にも手伝わせてください!! 囮でも何でもしますから!!」
思わず叫んでしまうと、姫様とラファエル様は目を見開いた。
………ぇ…
わ、私、何か悪いことでも!?
「………まさか自分から言うとは思っていなかったよ…」
「………ぇ…?」
ということは…
それを私に言うために今まで話をしていたのだろうか。
そんな事をしなくても、私に“囮になれ”と一言命令すればいいじゃない。
ラファエル様ならきっとそうしたはず。
お前の責任なのだから囮になれと。
でも、最初に言わなかったって事は…
「レオナルドは貴女を恨んで、危害を加えてくるかもしれないわよ? それでも囮を引き受けるって言うの?」
姫様に見つめられ、私は深く頷いた。
「自分の撒いた種ですから。姫様やラファエル様に、尻拭いなどさせられません。私に是非やらせてください」
「………」
ハッキリと伝えるけれど、姫様は眉間にシワを寄せて考え込んだ。
………ぁぁ…
本当にこの方は…
………やはりラファエル様は姫様に、少し待ってくれとでも言われたのだろう。
「姫様」
私は机を回り込み、姫様の近くに膝をついて見上げる。
「私の心配は不要です。私は姫様の見習い侍女です。臣下に無用なお心遣いはお止め下さい。これは私が責任をとることであり、姫様の責任ではありません」
「アマリリス…」
「お願い致します」
「臣下といえど、貴女は女なのよ? 万が一にも怪我を負えば…」
この姫様はどれだけ心配性なのだろうか。
自分が傷つくことには無関心なくせして…
「傷を負ったからどうだというのですか。それは私の行いの結果です。私は罪を犯し、姫様に拾っていただいた時から、自分の婚姻などは――一般的な女の幸せなど考えておりません。生涯姫様に仕えると心に決めております」
むしろ傷物の女になれば、私は男に寄ってこられることはないだろう。
この世界では、身体に傷があれば、一生婚姻に恵まれないから。
「え? 俺ともう番でしょ?」
「だから恋人と言って!? っていうか婚姻してないから番じゃないし!!」
………しまった!!
不意に聞こえた声に、反射的に反応してしまった!
咄嗟に振り向いて、のほほんと部屋の壁に寄りかかっているジェラルドに突っ込んでしまうなんて…
「俺はアマリリスが傷ついても貰ってあげるから安心して~罪人でも姫様の臣下同士だから関係ないし~えへへ~」
………なんでそんなに楽しそうに言うの…
罪人と婚姻なんて、公爵家の人間が許すはず無いでしょうし…
どうして彼はあんなに呑気なのだろうか…
「え? 付き合ってたのか?」
「番になったんだって」
ラファエル様が姫様に聞き、姫様が答え…
「アマリリスとジェラルドが……? どういう組み合わせ?」
「意外ですよね…わたくしも前に聞いた時は驚きましたけど…いまだに信じられませんし…」
ヒューバートとソフィーが首を傾げ…
「………」
あ、いたんだ歩く公害。
公害は目を見開いている。
あいつは無視してっと……
「姫様まで番って言わないで下さい!!」
「あ、ごめん。恋人だったね」
へらっと笑われる。
私はため息をついて今一度膝をついた。
「とにかく、やりますから」
「………」
「大丈夫ですよ。ジェラルドについてきてもらいますし。レオナルド元王子は、周りに男性がいようがいまいが、おそらく私を見たら近づいてくるでしょうから」
「………じゃあ、私とラファエルが学園の授業を終えるまで待って」
「姫様!!」
「これ以上譲歩しない。貴女も覚えておいて。私は臣下を物扱いしない、と。万全な準備と周りを固めておく事を了承しないと、絶対に囮にはさせないから」
………そんなこと、とっくに知ってるわよ。
姫様が臣下さえも無下に扱えないことぐらい。
だから――そんな姫様だからこそ……私は心から仕える事が出来ているのですよ。
私はそっと頭を下げた。




