第283話 思った以上に凡人でした
私が思考から解放されたのは、学園に響く予鈴のおかげだった。
ハッとして書類を元に戻して、サンチェス国紋が入ったケースの蓋を閉めた。
「闇精霊、これを預かってもらえる?」
『分かった』
目の前のケースが消える。
闇精霊が預かってくれたようだ。
『大丈夫か』
「………ん。ありがとう」
胸に手を置いて、乱れた心音を落ち着かせる。
………大丈夫だよ。
でも、何故学園宛に送られたのかは分かった。
これを王宮に送られた日には……
「ぁぁ……想像したくない…」
絶対に厄介なことになっていたはずだ。
………うん、知らなかったことにしよう!
『主、遅れるぞ』
「はっ! そうだった!!」
私は急いで空き教室から出て、早歩きで廊下を進む。
帰って来ないとラファエルが心配しているかもしれない。
本鈴が鳴るギリギリ、いや、鳴ると同時に教室に着けた。
急いで席に着く。
「ソフィア、遅かったね」
「申し訳ございません」
教科書を取り、ページをめくろうとして、私は何処まで進んでいるのか知らないことに気付く。
だいぶ遅れちゃったんだろうな。
ローズは欠かさず登校していたと思うし、教えてもらおう。
Sクラスに(強制だけど)入ってるのに、成績が伴わないのは申し訳ない。
それに、私は未来の――
だから学園にいる間、少しでも勉強に集中しなきゃ。
教師が入ってきて、授業が始まる。
精霊学が廃止され、その枠を何で埋めるかが問題だったらしい。
けれど機械学の時間を増やしたり、1日1限ずつ削ったりして何とかしたらしい。
教師の言葉を聞く。
………が…
わ、分からない…
ちんぷんかんぷん…
教師の言葉が宇宙語に聞こえる…
こ、これはマズい…
サンチェス国ではこんな事なかったのに!
………って、向こうでは休んだことなかったから、授業について行けたけど…
………知らなかった。
私、想像以上に凡人だったんだ。
秀才とは…そんな分不相応な事なんて思っていなかったけれど、結構ヘコむものなんだな…
これは、相当頑張らなければ…
私は教師の呪文みたいな言葉を、必死にノートに書き込んだ。
ここにもまだ、私のすべき事があった。
頑張ろう。
ちゃんと、ラファエルと歩けるように。
他の令嬢に馬鹿にされないように。
貴族達に信頼してもいいのだと思われるような王女に。
ランドルフ国の知識無くして、そんな私になれるはずもない。
「では、今日はここまでにします。明日は――」
必死で書いたノートの文字は、歪みが凄い。
自分で書いておいて、解読できるのか不安だけど、やるしかない。
教師が出て行き、ザワつく教室内。
「ソフィア」
「………」
「ソフィア?」
「………」
「ソフィアってば」
肩を叩かれ、ハッと顔を上げる。
「ラファエル様…?」
「凄い集中だね。何か分からないことでもあった?」
ラファエルが首を傾げる。
………言えない。
全部が呪文のような言葉で、理解できたことなど1つも無いだなんて。
「いえ。大丈夫です。予習したいのですが、よろしいでしょうか?」
「え? あ、うん。分かった」
私は机に向き直り、改めて教科書に向かった。
予習と言ってしまった手前、最初の方のページにする事は出来ないな…
分からないなりに読もうと、次のページを捲ったのだった。




