第268話 お出かけ! …いえ、視察です…⑦
「悪いねガルシア公爵。食事まで用意させて」
「いえ、我が屋敷にラファエル様がお越し下さったことは、我が家にとって誉れですから。――ですが…」
主道などの視察を終え、公爵家に戻ってきた私達。
そのままお暇させてもらうつもりだったけれど、公爵が是非にと食事に招待してくれたのだ。
これから食事を用意すると言った公爵に、ラファエルはある注文を出した。
それは、いつも通りの食事を、と。
王族をもてなす食事ではなく、いつもの公爵家のものを希望した。
そして出てきた食事は、一般家庭の、民の食事と変わりなかった。
「本当にこんなもので…」
申し訳なさそうに言う公爵を尻目に、私の目は輝いていた。
こ、これよ!!
王宮で私が言い出せなかった質素な食事が目の前にある!!
王宮の食事は豪華すぎて、いつも民に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
サンチェス国ではそうは思ったことはないけれど。
民が潤っていたから。
でもランドルフ国はそうじゃない。
民が漸く食事に有り付けるようになって日が浅い。
そんな状況の中なのに、私が豪華な食事を食べるのが後ろめたかった。
「うん、いいんだよ。だって、ソフィアが喜んでるから」
「………ぇ…」
私の名前が出て、ハッとラファエルを見ると可笑しそうに笑っていた。
う……ずっと見られていたみたい…
っていうか、気付かれてた…?
「ソフィア様が?」
「うん。俺のソフィアは民が潤っていたら贅沢する。でも民が貧しいなら何もいらないし、自分もそれなりの身なりをするのは当然。っていつも言ってるからね。そんなソフィアが王宮で食事に文句言わないから可笑しいと思ってたんだよね」
………マジですか…
なんだか恥ずかしい…
「ガルシア公爵もあれだけ民に気を配れるなら、出費は最小限に抑えて余った分は民のことに使用していると思ったんだよね」
「………ラファエル様には敵いませんね…」
ガルシア公爵が苦笑する。
「俺は公爵達が思っているような周りが見えてないガキじゃないよ」
「とんでもございません。わたくしはラファエル様が優秀なのは分かっております。ですからわたくしも手を抜かず国を発展させようと思うのです。わたくしはラファエル様の臣下です。臣下たるもの主君の意思に反する事など致しません。少しでもラファエル様のお力になりたいと思っております」
「感謝するよガルシア公爵」
ラファエルの言葉にガルシア公爵は頭を下げた。
「では、ソフィアも待ちかねていると思うし、食事にしようか」
「まぁラファエル様!? それではわたくしが食い意地がはってるようではありませんか!!」
「あはは。ごめんごめん」
「ちっとも悪く思っていない口ぶりじゃないですか!! 怒りますわよ!?」
「それはちょっと困るなぁ。ソフィアに嫌われたくないし」
くすくす笑いながら腰に手を回してくるラファエル。
ちっとも反省してない!!
私達のやり取りを見て、ガルシア公爵達が忍び笑いをしている。
いっそ声を出して笑ってくれないかな!?
「では、どうぞ。お召し上がりください」
促されて、私たちは食事に手を付け始める。
平民が食する食事は、味も質素だ。
でも、私はそれを美味しいと感じる。
豪華な食事に舌が慣れたと言っても、民の食事にもいいところがある。
ちゃんとバランスを考えて作られているし、質素な中にも様々な工夫がなされている。
サンチェス国で食べる民の食事より、新鮮さが劣るのは仕方がないけれど、それでも充分に満足させられる味だった。
「美味しいね。民の食事は久しぶりだ」
ラファエルの言葉に突っ込む人はいない。
彼の生まれなど、ここにいる全員が知っているから。
「ええ。素材の味を生かした繊細な調理がされていますね」
「俺は初めてちゃんと調理された民の食事を食べたけど、美味しいね。帰国したら料理人に作らせようかな…」
………ああ、サンチェス国のお忍びは色々買ってはいたけれど、料理と呼ばれるものは食べてなかったっけ…
って、それはともかく…
「お兄様、料理人が卒倒すると思うので、それは止めて下さい」
王宮料理人に急にお兄様からそんな言葉が発せられたら、自信を無くしてしまうかもしれないし…
「じゃあ忍んでいくか…」
「ちゃんと護衛を付けて下さいませね?」
「あははっ。ソフィアじゃあるまいし」
「………どういう意味ですの」
「そのままだよ」
むぅっと頬を膨らませてしまいそうになり、慌てて顔を作る。
危ない…
「あ、そうだ。ガルシア公爵」
「はい、なんでしょうか」
「後でちょっと主道の事で新たなアイデアが出たから聞いて欲しいんだ」
「畏まりました」
もぅ…
仕事の話は後にすればいいのに…
食事が終わった後、話したいことがあるって話せばいいのに…
私は苦笑しながら飲み物を口にしたのだった。




