第252話 断罪
しばらくの睨み合いの後、ラファエルがルイスに合図した。
そしてルイスが出入り口に立っている騎士達に合図をする。
すると、扉が開き騎士が1人出て行き、数分後に何やら会議室の向こうが騒がしくなってきた。
そして開かれた先には、騎士に囲まれ拘束されている1人の男が…
って、あれアダム・エイデンじゃない…?
「!? アダム!?」
エイデン公爵が目を見開き、ガタリと席を立った。
そして改めてラファエルを見る。
「一体どういう事ですか」
訳も分からず、けれど冷静に話そうとしているのだろう。
先程の声色と似たような、静かに語りかける感じだった。
「先日、我が飲み物に毒物が混入されていた」
ラファエルの言葉にザワつく室内。
その言葉と、自分の息子が拘束されている状況からして、疑われているのは自分の家の者と瞬時に分かったのだろう。
エイデン公爵の顔色が変わった。
「更にソフィアの膳にも毒物が混入され、実行犯だろう者を拘束している」
まさか、こんな大勢の前でラファエルが言うとは思ってもみなかった。
証拠は集まっているのだろうか…?
「そしてつい朝方、毒物を持った影が我の膳に毒物を盛ろうとしたため、拘束させた」
「………それはラファエル様の影がでしょうか?」
ガルシア公爵が冷静な声を発する。
………ガルシア公爵って、表情が出ないようにするのが上手いのかしら…
今まで表情を崩していない。
「いいや?」
ラファエルが首を振る。
「ソフィアの手の者だ」
………へ!?
私!?
いやいや、私の影は傍にいたよ!?
お兄様の影が動くからって、あれから私の影は2人とも私の傍で守ってくれてたよ!?
「ソフィア、呼び出してもらっても良い?」
………呼び出す…
あ……まさか…
でも…
迷っていると、ラファエルはしっかりと頷いた。
………目立ちたくないんですけども!!
最早この注目が集まっている私に逃げ道はなく…
もう、腹をくくれ私!
「おいで、風精霊」
ぶわっと一瞬で周りに風が起き、次の瞬間には人型の風精霊が私の隣に立っていた。
シンッとしてしまった室内。
………どうするのよこれ!?
「見てのとおり、ソフィアは契約者。精霊の協力により、目に見えぬ監視者になってくれていて、王宮内を見回ってくれていた」
「ソフィア様が、契約者…」
徐々に音は溢れ、貴族達の動揺は計り知れない。
「精霊は純粋な心に惹かれ、そしてまた精霊自身も潔白だ。嘘などつかない。ソフィアの精霊は究極精霊。国の至る所にいる精霊達も従わせられる」
ドスッとエイデン公爵が椅子に力なく座った。
「アダム・エイデン」
「………」
ラファエルに呼ばれ、アダム・エイデンはラファエルを睨みつける。
「其方の契約精霊だった者が教えてくれたのだぞ」
「え……」
「其方が良からぬ事を企んでいる、と」
一気に視線を集めることとなったアダムは、顔色を変えた。
「我とソフィアを亡き者に………いや、我を殺し、ソフィアを妾とし、自分が王になるのだと言っていたな」
ざぁっとアダムの顔色が真っ青になっていくのを見た。
証人が精霊ならば、証拠は充分になると、元契約者であるアダムには分かりきっているだろう。
何も知らない民とは違う。
………そうか。
国民全てに納得する証拠など、今回は用意することは無い。
だからラファエルは、貴族が納得するだけの証拠を揃えたらいいだけだったんだ。
「勿論、物的証拠、状況証拠、殺害契約書などもここに揃っている」
ラファエルがルイスに手を出し、ルイスからラファエルに書類が渡る。
「そして極めつけ、殺害計画を言っていたアダム・エイデンの言動を見ていた精霊が、皆の頭の中にその時の事を映し出せるそうだ」
………え…
それは報告してませんけど!?
どうやってそんな事知ったのだろう…
………ラファエル怖い…
それもあって今断罪するに至ったんだ…
「勘違いするなよアダム・エイデン。精霊と契約していた者が偉いのではない。他者を虐げようとする心を持つ者はそもそも上に立つ人間ではない。王族との契約精霊は見たこともない、だったか?」
ハッとアダムはラファエルを見る。
「………身の程を知れ」
ぶわっとラファエルが色とりどりの力に囲まれ、次の瞬間には宙に浮かぶ究極精霊の眷属達。
その数に、アダム・エイデンはその場に尻餅をついた。
腰が抜けたのだろう。
「我がお前から――契約精霊にすべての人間から契約解除するよう言ったのは、世界の秩序に基づいてだ。私利私欲で、命を脅かされるとかいう事ではない。そしてお前のような、精霊を理由に他人に危害を加えようとする者達からの精霊の解放が目的だった。精霊の意思に反する命令を行った結果どうなるか、侯爵の末路をお前は知らないのか?」
冷ややかなラファエルの目に、その場で粗相しそうなほど怯えているアダム・エイデン。
………よくこの程度で王座を望んだものだ…
いくらでも反論してきそうだと思っていたのに…
「ラファエル様」
力なく俯いていたエイデン公爵が、表情を切り替え真っ直ぐにラファエルを見た。
流石公爵、と言えばいいのだろうか?
「なんだ」
「我が息子が悪事を企てていたという証拠の映像を、私にも見せて頂きたい」
公爵の言葉に、ラファエルは暫く考えた後、私を見た。
これは、見せろということでいいのだろう。
「………風精霊」
『はい』
風精霊に声をかけると、風精霊が合図し風精霊の隣に風が起き、次の瞬間には綺麗な顔をした可愛らしい少女が立っていた。
緑色の長い髪に、丸顔で、お目々ぱっちりで羨ましいぐらいに可愛い!!
「い、イブ!!」
アダム・エイデンが思わず、といった感じでその精霊を呼んだ。
………イブ?
一瞬うちの…じゃないや。
お兄様の影のイヴを思い描いてしまった。
………失礼…
それにしても、アダムとイブ、か…
イブと呼ばれた少女精霊は、エイデン公爵に手を伸ばした。
多分エイデン公爵の脳裏には、私に見せてくれたものと同じ映像が流れているのだろう。
徐々にエイデン公爵の眉間にシワが出来てくる。
ますます人相が怖く…
「申し訳ございません!!」
エイデン公爵は直角に身体を曲げた。
それはもう綺麗に。
「………以上の点から、エイデン公爵。其方の領地に設立したとして、叛逆の計画に組み込まれかねないんだよ。我を排除しようとして、わざと粗悪品種を生み出そうとしたり、生き物を理不尽に死なせたり、な」
「仰るとおりでございます!!」
「今回は目的はハッキリしている。私的な恨みとな。けれどエイデン公爵。其方も多少の罪を覚悟してもらうぞ。その者をきちんと躾けられていなかったのだからな」
「はい!!」
「他の公爵家の者、それ以下の階級を持つ者達も、心得ておいて欲しいことがある。我が重宝する階級の者などありはしない。我は実力を結果としてきた者に相応しい仕事を与える。何処の派閥かは関係ない。仕事の出来で決める。今回の案は人員的に余裕があり、更に一定基準に短期間で使用人を育てたガルシア公爵に新事業を任せる。異議がある者は挙手せよ」
ラファエルの言葉に手は上がらなかった。
「では、これにて定例会議を終了します。なお、ガルシア公爵、エイデン公爵、アダム・エイデンは残って頂きます」
ルイスの言葉に、貴族達は去っていた。
私はほぉ…っと静かに息を吐き出したのだった。




