第249話 思わず拳を突き出してしまいそうです
『主』
『うわ、ビックリした。何?』
ラファエルがまた眠ってしまった。
睡眠時間は短いけれど、やはり身体は休息を求めているのだろう。
時折ラファエルの寝顔を見ては、刺繍を繰り返していた私に話しかけてきた精霊。
この声は風精霊だな。
『少々宜しいでしょうか』
『いいよ』
『私の属性の精霊からの報告なのですが』
ここには今、ラファエルと私しかいない。
わけはない。
ソフィーとヒューバートが先程休憩から帰ってきたところ。
今まではジェラルドがいて、交代で出て行った。
だから風精霊に視線を向けることは出来ない。
不審者に思われるから。
『その者の元契約者が、王太子に毒を盛るよう指示したことが判明しました』
『………一般人? 貴族?』
『貴族です。階級は――』
風精霊が言い淀む。
『公爵家です』
私は目を細めた。
風精霊ではない女性の声が聞こえた。
………なるほど。
風精霊が言い淀むわけだ。
ランドルフ国の公爵の地位にいるのは4名。
それぞれ東西南北、四方をそれぞれ管理している。
ちなみにガルシア公爵家は、東を管理している公爵だ。
『………主様、無粋な真似をお許し頂きたいのですが…』
『………何』
究極精霊の契約者って、他の精霊の主にも当たるの……?
呼び方、変えてくれないかな……
『わたくしが見た事全て、主様の脳に直接映し出させて頂きたいのです。その方がより分かりやすいかと思うのです』
『そんな事出来るんだ。いいよ』
私は心の中で頷き、精霊の言葉を受け入れる。
そして私は覚悟をもって見る準備が出来ていなかったことを後悔した。
――ハッ倒したい。
それが最初に出かけた言葉だった。
………ごほんっ。
失礼しました。
『えーっと……恋人同士だったところを、私達が引き離してしまったと解釈していいのかな?』
『いいえ、全く。これっぽっちもそのような事実はありません』
『………そう、なの……?』
『はい』
なら何故あの男はあんなに精霊に執着しているのだろうか…
『あの者は最初真面目な男だったのです。そのひたむきさに好意を持ち、彼は精霊が見える人だったので願われて契約したのですが、段々豹変してきました。なので、契約を切ろうかと思っていたところへ長からの契約解除の指示が来ましたので』
『………これ幸いと契約を切ったのね』
『はい。最近は気持ち悪いぐらいに執着されてましたので』
『………そうなるきっかけは…』
『………』
あ、あれ…?
返事が返ってこない…
そっちを私は見られないから、どんな顔してるのか分からないよぉ…
刺繍してるフリしなきゃ変な人に見られるから…
『………おそらく、好いていた女の方にフラれたからかと』
『………は!?』
『で、貴方のいいところを分かる方はいらっしゃいますよ、と慰めの言葉をかけた後に執着され始めた気がします』
………面倒くさいな!!
変に拗らせた男じゃないか!!
真面目な人間が恋愛脳になるとそうなっちゃうわけ!?
何より許せないのがラファエルを亡き者にする、って言ったところ!!
ラファエルは死なせないわよ!!
『ちなみに聞くけど、この男が公爵、ではないわよね?』
『はい。公爵家3男です』
………ああ、うん。
甘やかされたのかな?
『男が渡した毒を持っている影は?』
『精霊が見張っています』
『分かった。盛ろうとしたら風で捕らえられることは出来る?』
『『出来ます』』
風精霊ともう1人の声が同時に聞こえ、私はまた心の中で頷く。
『分かった。宜しく。ラファエルが起きたら報告するから、また呼ぶわ』
『『はい。失礼致します』』
2人の気配が消え、私は息を吐いた。
「姫様、どうかなさいましたか?」
「ちょっと疲れただけ。お茶くれる?」
「はい」
ソフィーにお茶を頼み、私はラファエルを見た。
………さて……ラファエル、やっぱり怒るよねぇ…
………私、精霊達がいなかったら妾にされるところだった。
ぞっと背中に悪寒が走り、ポフッとラファエルの顔の近くのシーツに、思わず顔を埋めてしまったのだった。




