第246話 従者として ―H side―
何も思わず休憩室の扉を閉めた。
思いのほか音が響き、中のナルサスには俺が怒って勢いよく閉めたように聞こえたかもしれない。
………まぁ、いいか。
ナルサスに言ったことは本心だ。
ソフィア様に対して、あの態度、あの言葉は許せなかった。
ソフィア様はアマリリスを客観的に見ているようで、多分、自分の従者の中で一番気にしている存在。
罪を減刑させた側としては、もう二度と罪を犯させてはならないと強く意識している。
そして誰よりも周りにアマリリスを認めさせようとしている。
成長するのを願っている。
だから、ソフィー殿に教育係を任せたのだ。
ソフィー殿はソフィア様を誰よりも理解している侍女。
信頼している侍女を見習いに付けることはそういう事。
ソフィア様直々に教育するわけにはいかないからな…
サンチェス国に対しても、ランドルフ国に対しても、ソフィア様は強気に出られなくなっている現状。
そんな時にアマリリスがまた罪を犯せば、ソフィア様にもその罪がついて回る。
罪人を庇い、国が決めた処分を減刑させるために口を出すということは、自分は罪人を抱え込む、という意思表示。
今度罪を犯せば、ソフィア様自身が処分され、最悪ソフィア様が命をもって償うことになるだろう。
アマリリスは勿論、ナルサスの件にしてもソフィア様が絡んでいる。
ナルサスももう一度罪を犯してしまえば、ソフィア様にも関わってくる。
………そんな事はさせないけれど。
「………機嫌悪いですか?」
「っ!?」
考え事をしていて人の気配に気付かなかった。
パッと振り向けば、そこにソフィー殿が…
………………ソフィー殿!?
一気に体温が上がったのが分かった。
俺の顔は真っ赤だろう。
「い、え……」
「………わたくし、耳はいいんですよ?」
「………」
ソフィー殿の言葉に、俺は先程の休憩室の会話が聞こえていたのだろうと察する。
………精霊は、凄いな…
「ナルサスは、姫様に何を仰ったのですか?」
ソフィー殿は侍女モード故か、俺との会話がスムーズだ。
………いい加減、俺も普通にプライベートでもちゃんと話せるようにならなきゃな…
頭を切り替え、俺も騎士モードにする。
そして、ナルサスがソフィア様に言った言葉を伝えた。
徐々にソフィー殿の表情が変わっていく。
「命の恩人に対しての言葉とは思えませんね。制裁しますか」
「………それはソフィア様の判断で…」
ソフィー殿はソフィア様に対して崇拝の念があるのではないかと思ってしまう。
立ち話も何だからと、ラファエル様の執務室に2人で向かいながら会話する。
「そりゃ姫様は突飛な行動をすることもありますし、王女らしからぬ無鉄砲で、ネガティブで、言葉足らずで、自分の事を蔑ろにしすぎますが」
「………」
酷い…
「誰よりも慈悲深い方だと思います」
「………そうですね」
「厳しさは優しさの裏返しです。それをよくもまぁそんな酷い言葉を姫様に言えたものです」
「ナルサスには厳しい言葉をかけたので、反省してまた1からやってくれるとは思います。………ただ、ソフィア様には暫く会わせたくありません」
「ではラファエル様にそう進言しましょう」
ソフィー殿は頷き、笑った。
それが、ソフィア様の笑顔と重なる。
………何を企んでいるか分からない笑顔と…
怖い…
「あ、そうだ…」
ポツリとソフィー殿が呟き、俺は首を傾げる。
「あの…姫様にお誘い頂いたのですが…」
「………はい?」
「毒混入の件が終わった後、姫様はラファエル様とお出かけなさるそうで」
「ああ、仰っておりましたね」
1つ頷くと、ソフィー殿は少し頬を赤らめた。
「あ、の……ヒューバート殿、と…護衛を兼ねて……一緒に行かないか、と……」
視線を反らしながらそう言うソフィー殿の言葉を頭で反芻する。
………一緒に行く?
そりゃ護衛だし、一緒に行かないといけないだろうけれど…
何故ソフィー殿は顔を赤くするのだろうか…
「………あ、の……だめ、ですか?」
「え……」
ダメ?
何が?
ラファエル様とソフィア様が出かけて、俺が一緒に行くのに何の不足も…
………いや、待て俺。
ソフィー殿が顔を赤くしているんだぞ。
最近はよく俺の前で顔を赤らめながらプライベートの会話をしている。
仕事内容ならそんな事はない。
なら、これはプライベート?
で、ダメかと聞かれる…
「………お、俺と、ソフィー殿、が出かける………という事、ですか……?」
「は、はい…」
つまりプライベートを兼ねて、ソフィア様の付き添いでソフィー殿も一緒に行く。
そしてその護衛が俺。
プライベートだから距離は空けて…
実質ソフィー殿と2人で出掛けている状態に……
「………!?」
俺はさっきより更に顔が赤くなっただろう。
心音が耳元で聞こえるようだ。
早く、大きく脈打つ。
「お、俺で…いい、んですか?」
「あ、貴方しか……いま、せん……い、一緒に……出かけたい、男性、は…」
通路で2人して顔を赤くし、突っ立っている光景は異様だろう。
「よ、よろしく……お願い、します…」
「こ、こちら、こそ…」
俺達は暫くその場から動けなくなってしまったのだった。




