第244話 最優先は感情のコントロール ―N side―
コンッと扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
返事をすると扉が開く。
その向こうに立っていたのは…
「っ!? お…ソフィア、様!?」
危ない。
王女、と呼びそうになった。
いつも心の中で王女と呼んでいたから。
今後はソフィア様、と呼ばないとな…
「こんな時に出歩かれては…!!」
「大丈夫だよ。ヒューバートもライトもいるし」
遠慮なくスタスタと入ってくるソフィア様。
………この王女には危機感というものがないのか!?
「アマリリスは目を覚ました?」
ひょいっとベッドを覗き込むソフィア様は、本当に無防備だ。
護衛は何も言わないのか!?
と、振り向くと…
「………」
あ、うん。
俺は何も言わず、そっと顔を元へ戻した。
………見なかったことにしよう。
「まだ目を覚ましておりません。熱のせいで魘されています」
「そう。目を覚ましたら報告お願いね」
「はい」
一通り観察し終えたソフィア様はふと俺を見た。
ドキッとしてしまう。
あ、いや、女の魅力という意味のドキッではなく、何かやらかしたか、という緊張だ。
前も今も王女に興味はない。
女としては。
王女としては気になるが…
………あ、これラファエルに知られたら殺される…
“俺のソフィアに魅力がないとでも?”
とでも言われそうだ…
かといってそういう風に言えば、それも殺されそうだが…
「………あの時も思ったけど…」
「………何か…?」
この王女、怖いんだよ。
何言い出すか分からないから。
緊張しながら言葉を待つ。
「ナルサス敬語上手くなったよねぇ」
脱力した。
緊張して損した…
「………まぁ、使い続ければ何とかここまでは…たまに乱れてしまいますが…」
「ナルサスは他国の来賓が来たときも、ラファエルの護衛として一緒にいないとだものね。その調子で頑張って」
「はい」
ソフィア様は1つ頷き、またアマリリスを見た。
「ナルサスから見てアマリリスはどういう人間?」
「………どう、とは…」
「“使え”そう?」
「っ…!?」
スッと横目で見られた俺は息を飲んだ。
アマリリスは王女のことを賢明に理解し、言われなくても察せるように頑張っている、と思う。
食事にしたって、俺には理解できないが、王女は喜んでいた。
俺より断然王女のことを分かっているだろう。
けれど目の前の王女は、アマリリスをまるで物のように扱っている物言いだった。
「あ、アマリリスは…」
「うん」
「アマリリスは貴女が思っているような女ではない!」
「………」
「貴女を理解しようと努力できる人間であって、物のように…簡単に切り捨てられるような女ではないはずだ!!」
「ナルサス!」
ヒューバートに腕を掴まれるが、俺は王女から目を離せなかった。
許せなかった。
確かに俺やアマリリスは王女を殺そうとした。
その罪はある。
けれど、俺はともかくアマリリスは王女のために何かしようと、頑張っている。
少しの時間だが、アマリリスの態度から俺は察せた。
なのに、俺以上に関わる時間が多い王女が、アマリリスの努力が分からないのか。
罪を犯した人間は、人間扱いもされないのか…!
チップがなければ、王女の胸ぐらを掴んでいただろう。
ラファエルに進言して俺を助けてくれた王女は、もういないのか?
自分を助けてくれた王女は、やり直せるチャンスをくれる慈悲深い人だと思っていたのにっ!
「貴女はアマリリスの主などではない!! 人を人とも思えない王女など、他の貴族と同じじゃないか!! 俺達を見下していた連中と同じだ!!」
「「そこまでだ」」
「っ…!?」
俺の首筋に刃物が2本当てられた。
1つはヒューバートで、もう1つは後方からで誰か分からない。
王女がライトがいると言っていたから、ライトかもしれない。
「我らの主への暴言、許されると思うなよ」
「また罪を犯すのか」
「………くっ……」
………悔しいより、苦しいより、王女に抱いていた感謝の気持ちが、壊れていくのが辛かった。
裏切られた気分だ。
「ナルサス」
ハッと俺は顔を王女に向けた。
王女は無表情で、俺の言葉は何一つ届いていないような錯覚を覚える。
「別に物みたいには思ってないけどね。でも、いい年した大人がそう声を荒げるものじゃないよ」
「………」
「まぁ、私の物言いが悪かったのは認めるけれど」
「え……」
「“ナルサスから見て”アマリリスは今後成長できるのかどうか、を知りたかったのよ。同じ罪を犯してしまった同士の目からどう見えるのか。どうしても私から見たら色眼鏡で見てしまうからね」
「色眼鏡…」
唖然と俺は王女を見た。
その言葉を使うと、俺の方こそ今王女を色眼鏡…先入観…思い込みで見ていなかったか…?
自分の言動を思い返し、さぁっと血の気が引くのが分かった。
「ほら。自分を殺そうとした者を自分の配下に加えると、どうしてもこのぐらいでは罪は軽くならないだろう、とか。プラス評価にカウントしていいかな、とか結構迷うのよ。私から見たナルサスってさ、私を殺そうとして私の配下じゃなくラファエルの配下にしたじゃない」
「………はい」
「だから結構客観的に見えるのよ。一般的な評価に当てはめられる。でもアマリリスの評価に対しては、私は自分の判断に自信がない」
「………ぁ…」
「そういうわけで、アマリリスの仕事ぶりを見ている人達の評価を、アマリリスと接点ある人に聞いて回ってるの」
………そうか。
だから、王女は冷たい感じの言葉でアマリリスの件を聞いた…
王女がアマリリスを贔屓しているように聞こえないように…
「も、申し訳ございません!!」
ガバッと頭を下げた瞬間、王女がパッと数歩離れた。
………ぁ…
チップの距離がギリギリだったのか…
………やはり王女は冷静で優しさを持っているのだ。
俺を死なせないようにしてくれている。
そんな王女に俺は何を言った…?
さっきの自分の言葉が取り消せればいいのにっ!
「さっきの言葉は俺の罪に加算してください!!」
「いや、それはいいよ。だって、私の言い方も誤解を与えたから。ごめんなさい」
………王女に謝らせてしまった…
何をやっているんだ俺は…
もっと、感情のコントロールを身につけたい…
王女の言葉に感謝し、俺はもう一度深く頭を下げた。




