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第240話 私の存在 ―A side―




コトリとトレイに王女の食事を並べる。


「うん、上出来」

「………」


腰に手を当ててトレイの上を眺め、1つ頷く。

色味も完璧でしょう。

………王女の言うとおり、私は料理人に向いているのだろう。

食事もこうして用意させてくれる。

チップのおかげだとしても、信頼して自分の口の中に入れる物を作らせてくれる。

そして私自身も食事を作ることが楽しい。

あちらの料理に似せて作って…

………王女の驚く顔を、笑う顔を見たいだなんて…

私、あの王女の事を日に日に知っていくうちに、好ましいと思うようになった。

そして気付いた。

好ましい故に、憎かったのだと。

羨ましかったのだと。

だから、奪ってやろうと思った。

王女の好いている男を。

本当に、私はどうしようもない人間で。

何ももっていない人間で。

王女は、努力できる人。

私は、努力を自分から進んで出来ない人間。

誰かに押してもらう事でしか、前に進めない人間。

王女は命を奪おうとした人間の背中さえ押せる人間。

どうやったら、そんな事が出来るようになるのだろう。


「………また気持ち悪い物を…」

「煩い公害」

「おい! 俺の名前はナルサスだって言っただろう!!」

「この私に公害の名前を覚えろと? 10年早いわね」

「何だと!?」

「公害だって私の名前なんて覚えてないでしょうが」

「アマリリス」


………っ!?

突然のバリトンボイスで自分の名前を呼ばれ、一瞬息が詰まった。

ラファエル様とはまた違った声の低さ。

どうしてイイ男はイイ声なのだろうか。

更に普段の声より少し落ち着いた、低い声だったから余計に私の心を乱す。

歩く公害などに心乱されたくないのに!!

反応してしまった自分が憎い!!


「突然なに!?」

「俺はお前の名前を覚えている。お前も覚えろ」

「何で命令するわけ!?」

「そうでもしないとお前は覚えないだろう」


そう言われればそうなのだけど…

強要されると反抗したくなる。

私が反論しようとすると、突然公害の手で口を塞がれた。

なんなの!?

睨みつけるように見ると、彼は扉を睨んでいた。

空気がピリッとしたように感じた。

チラッと見られ、おそらく声を出さないように言われたのだろうと判断して頷く。

私から音もなく離れ、扉の向こうを窺うようにピタリと耳を付けた。

私は王女の膳を守るように布巾を掛け、身を強張らせる。

ジッと扉の向こうを窺っている男の方を見ていたから気付いた。

天井から、何かが光るのを。

それがあの男を狙っていたことを。


「危ない!!」


何も考えられなかった。

身体が勝手に動いた。

私が誰かの為に動くことなど、動けるなどと思ってもいなかった。

だから驚くと同時に、安堵もした。

………私はまだ、人として終わっていないと。

初めて男を押し倒すのが、こんな場面だなんて思わなかった。

勢いよかったのが幸いして、私は男を押し倒し、この身体を男の盾に出来た。

背に走った熱。

じわじわと感じる痛み。


「アマリリス!?」


この男が呼ぶ私の名が、何処か別人の名前のように感じた。

男が私の肩を揺さぶっている間、私の視線は王女の膳に向いていた。

少し布巾がめくれ上がっており、何かが落とされたのを目撃した。

視線だけを上に向けると、天井の隙間が元に戻される所で…

遠ざかる意識。

ダメだ。

あれを王女のところへ運ばれるのだけは、阻止しなければ!

痛みと熱を我慢し、身体を何とか動かす。


「動くな!!」

「は、なせ!」


男に身体を拘束されそうになったけれど、私は拒む。

トレイが思いのほか近くて助かった。

そして、机にテーブルクロスを敷いていて良かった。

床に垂れている部分を掴んで引けば、簡単にクロスの上に乗っていたトレイが、食事の入った器ごと派手に床にぶちまけれた。


「お、まえ……何を…」


男が驚く顔が、可笑しくて仕方がない。

これで、さっきのお返しも出来た。


「………姫様に……毒、盛られる……なんて……許さない、わよ」


私の言葉にハッと男が床に散乱した食事を見た。

銀のフォークとナイフで良かった。

変色し始めているそれらを見て、男が息を飲んだ。

私はそれを確認した後、ゆっくりと意識を手放した。


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