第237話 似たもの同士?
「………ふぅ…」
ラファエルに3枚目のハンカチの刺繍を終えた時、私は息を吐いた。
流石に疲れた。
肩が凝ったわ…
「ソフィア」
「ん?」
ラファエルに呼ばれて見れば、スッとカップを差し出される。
「え? ラファエルが煎れたの?」
「まさか。ソフィーがさせてくれるはずないじゃないか」
ああ、じゃあ集中しすぎで気付かなかったのね。
「ありがとうラファエル、ソフィー」
「はい」
「俺は渡しただけだけどね」
ラファエルが苦笑する。
私はソッとカップに口を付けた。
………ぁぁ、落ち着く…
「………」
「ソフィー?」
ソフィーは一旦手を止めて私のお茶を用意し、座り直したが手は動かず扉を見ていた。
首を傾げ呼ぶと、ソフィーが私を見てくる。
「あ、すみません。何でしょう?」
「いや、扉が気になるの?」
「ええ。遅いなと思いまして」
「………遅い?」
疑問に思った瞬間に、何やら声が聞こえてきた。
『………から………じゃ………って!』
『う……この………じゃ……だろ!?』
………何なのよ…
王太子の執務室の近くで騒ぐのは非常識でしょうが…
ヒューバートが動き、私達を守るように扉から少し離れた真正面で剣に手をかける。
ソフィーは逆にはぁっとため息をつく。
………?
ソフィーには誰が来ているのか分かっているのだろうか?
『煩いわね! これでいいったらいいの!!』
『いいわけねぇだろ!! お前は主人にこんな物を出すのか!?』
………あ、うん。
声で分かったわ…
段々近づいてきて騒いでいる人物の声がハッキリと聞こえ、私は思わず額に手を当ててため息をついた。
ヒューバートに手で合図すると、ヒューバートは頷き、扉を開けた。
「一々煩いわね! 姫様の好みはあんたより私の方が分かってるわよ!」
「そうは言ってもこれはない!! 絶対にない!!」
「何であんたにそんな事を言われなきゃならないのよ!!」
仮眠室の前まで来て言い合いをしている2人には、ヒューバートが扉を開けたことも、私達が見ていることにも気付いていないようだった。
「大体あんた馴れ馴れしいのよ!」
「はぁ!?」
「私が何しようがあんたには関係ないでしょ!? 私は姫様の要求を言われなくても察しなきゃいけないのよ!!」
「そうだろうが、これはねぇよ!! こんな気持ち悪ぃ食い物!!」
「気持ち悪いですって!?」
「気持ち悪ぃだろ!! こんなぶよぶよした物!!」
………ぶよぶよ?
「どろっとしててよ!!」
………どろっと?
「煩い!! 黙れ女ったらし!!」
「なんだそれは!!」
「通るたんびに侍女引っかけてる男に近寄って欲しくないわ!! 消えて!!」
「無茶言うな!? 俺は王太子経由の王女の命令でお前についてるだけだ!! それに俺が侍女に話しかけたことあったかよ!? 向こうが勝手に寄ってくるだけだ!!」
いや、命令はしてない。
私はアマリリスに誰かつけてもらえないかラファエルに相談しただけだ。
ソフィーとフィーアはともかく、私の周りで何かあれば、一番疑いをもたれそうなのがアマリリスだったから。
「あーはいはい! モテることの自慢にしか聞こえないわ!! 歩く公害!!」
「俺だって好きでお前といるんじゃねぇよ!!」
「近づくな公害!! 私がなんで侍女に睨まれなきゃいけないのよ!! ほんっと迷惑!! 消えればいいのに!!」
「お前ほんっと可愛くねぇ女!!」
「何ですって!?」
「何だよ!!」
目の前で互いを睨みつける男女。
………ああ、うん。
お互いに反りが合わないんだな…
………いや、喧嘩するほど仲がいいのか?
互いに素が出っぱなしだけど。
そして気づけ2人とも。
ソフィーの額に青筋出来てるから。
王太子の執務室だから。
王太子が見てるから。
ソフィーはあれだな。
ラファエルの御前だから、注意できないよね。
刺繍布にものすっごくシワ出来てるよ。
よく我慢してるよ…
「大体!!」
「そこまでにしなさいアマリリス」
「っ!?」
私が割り込むように声を発すると、バッと2人がこちらを向いた。
仮眠室への扉が開いており、私達の視線に漸く気づいた2人は真っ青になった。
「王太子の前で情けない。どれだけの醜態を見せるつもりですか」
「も、申し訳ございません!!」
「すいません!!」
2人してガバッと勢いよく頭を下げた。
………タイミングが全く一緒で、思わず苦笑する。
「仲がいいのは結構。でも、場所を考えなさい」
「な、仲がいいわけじゃ!! ――っ!」
反論してくるアマリリスを、私は視線だけで黙らせた。
「次にやったら一月謹慎させます。いいですね」
「っ……はい」
「ま、待ってください! 俺にも責任が!!」
ナルサスがアマリリスを庇い、私に訴えてくる。
「黙りなさい」
「っ」
「貴方はラファエルの騎士であってわたくしの騎士ではありません。わたくしが罰を与えるのはアマリリスであって貴方にではありません。貴方がいくら庇おうとも、わたくしはアマリリスに罰を与えることは変えません。彼女はやってはいけないことをしたのです。理由がどうあれ、誰が絡んでいても、罰を軽くするつもりはありません」
「………」
「………ナルサスもだよ」
「ラファエル、様…」
「次やったらお前も謹慎させる。お前は何月俺の下にいる。そろそろ王宮にも慣れているだろう。そんなお前が新人に――侍女にもなっていない女と共に騒いでどうする」
「………もう、しわけ、ございません…」
2人が落ち込んでしまい、ラファエルと顔を見合わせ、肩を落としたのだった。




