第236話 他人とは思えない ―A side―
「おい」
「………」
「おいって!」
グイッと腕を引かれる。
ガクンと傾いた身体を何とか立て直して、相手を睨む。
「私は“おい”なんて名前じゃないけど!?」
「ああ、なんつったっけ?」
「~~~!? アマリリスよ!!」
目の前に佇む長身の男。
顔はイケメンだけど、私は好みじゃ無かった。
「なによ!」
「あ?」
「呼び止めた理由よ! 何もないならさっさと解放してくれない!?」
私だって色々やることがあるんだから!
あの王女に命を救われたし、経験がない侍女見習いなんて不安だけしかなかったけど、ソフィーやフィーアに色々教えてもらって何とかやってる。
能力次第で侍女になれるって言われてるし。
命を狙っていた相手を救って、傍にいさせるなんて、あの王女頭可笑しいと思う。
でも、第二の人生をあのまま終わらせるんじゃなくて…
『助けたのは貴女のためじゃない。貴女のしてきたことがどういう事なのか、ちゃんとその目で確かめなさい。そして考えなさい』
『今度もまた引きこもることは許さないから。いえ、許されないから。自分のしてきたことから逃げて死ぬなんて許さないから』
『足掻いて足掻いて、自分の足で歩きなさい。歩き疲れたら休んでいい。それぐらいは許す。けれど、そこで立ち止まったときは』
ほんっと王女らしくない王女ね。
私なんかを助けるんだから。
だから、私は王女の為に何かをしなければならないと思った。
………いや、そんな押しつけられたかのような言い方は良くないな…
私が何かをしたいと思った。
こんな私を守るような女だ。
お人好しなあの王女はいつか騙されるかもしれない。
私に人の善し悪しを見分けられるか分からないけれど、もしそんな時が来たならば、私の言葉の方が信じられると言ってくれるようになるんだ。
チップを埋め込まれているから逆らえないんじゃない。
むしろ、これがあるからこそ信じてもらえる。
私は王女を裏切らないと。
「………んだよ、その言い方」
「いつまでも女の腕掴んでるんじゃないわよ!」
力を入れられて腕の感覚がなくなっていっていた。
っとにバカ力ね!
騎士ってこんなのばっかなの!?
「あ、わりぃ」
パッと放され、私は感覚がなくなった腕を擦る。
「………で、なんなのよ。私は忙しいのよ。姫様のお茶の準備をしないといけないの」
「………その護衛を任されたんだよ」
「は? あんたが?」
「そんな目で見んじゃねぇよ!」
この騎士はラファエルの…あ、違う。
ラファエル様の騎士だったはず。
どうしてそんな騎士が私を護衛するのよ。
「お前も知ってるだろ。ら――王太子が」
「………ええ」
「だから不審な行動――」
「私が姫様に毒を盛るとでも!?」
「ばっ!? 声でけぇ!!」
王宮内の通路。
何処に誰がいるか分からない。
そんな事は分かっているけれど、叫ばずにはいられなかった。
私を信じられないのは自分のしてきた行いで分かっている。
けれど私がチップを埋め込まれているのは、この男も知っている。
それなのに私が王女を裏切ると思われていることに、腹が立った。
それに、私はもう王女を害することは出来ない。
――したくない!!
「しっっんじらんない!! 私は姫様の侍女見習いよ!? そんな事するわけないでしょ!!」
「ちげぇよ!!」
騎士に近場の空室に押し込まれ、扉を閉められる。
み、密室に男と2人!?
「お前が、じゃなくて他の人間がって事だよ!」
「………ぁ」
「お前が目を離していた隙に何か混入されることになるかもだろ! それでお前が疑われたらダメだからと頼まれたんだよ!」
“私が”疑われないように…?
「………誰が…」
「………こんな事頼む相手なんか分かるだろ」
………王女だ。
………ばっかじゃないの!?
「ただの侍女見習いに何気を使ってるのよ!」
「おい、そんな言い方――!」
「お、お人好しすぎるのよっ!!」
勝手に溢れてくる涙を強引に拭って止める。
「………そりゃ、あの王女だからな…」
「………ぇ…」
騎士を見ると、罰が悪そうに顔を背けた。
「………俺もお前と同じなんだよ」
「………同じ?」
「………俺も王女を殺そうとした」
「は!?」
目の前の騎士は、今なんて言った?
「な、ん……殺そうと…?」
「俺は元々ラファエルと同じ所で育った。幼馴染みってやつで、ラファエルがどんどん王女にのめり込むのが許せなかった。俺との時間が取られなくなったからな」
「え、なに? あんたそっち系?」
「ばっ!? ちげぇよ!! 俺は女が恋愛対象だ!!」
………それはどうでもいいんだけど…
っていうか、王女の命を狙った相手が王太子の護衛騎士…?
「………もしかしてあんたも…」
「………王女を殺しかけ、王女に命を救われた男だよ」
私だけじゃなかったんだ…
前例があるから、ラファエル様も反対しなかったのか…
「俺も王女に何かあったら許せない。ちゃんと俺の生き様を見続けてもらって、最後に王女の床で許しの言葉を得るまでは。死なれてもらったら困るんだ」
「王女の床?」
「王女が言った。王女が死ぬ時に、俺の行い次第で許す言葉をくれると。王女は俺にラファエルを命がけで守れと。ラファエルの為に死ねと。でも、ラファエルを守るなら俺は死ぬわけにはいかない。ラファエルが寿命で死ぬまで生き続けなければ、ラファエルを守れず王女が寿命で死ぬときに判断をもらえない」
………王女も過酷な条件を出したものだ。
これはいうなればこの騎士の命を生かす為の命令。
「………あんた、名前なんだっけ」
「………お前も覚えていねぇんじゃねぇか……ナルサスだよ」
「………そう。ちゃんと守ってよね。王太子だけでなく、姫様もね」
「当たり前だ」
………この男、好みじゃないけど嫌いじゃないわね。
同じ女に救われた同士。
他人の気がしないと、そう思った。




