第234話 ダメなものはダメです
「ねぇソフィア」
「何?」
「暇だから仕事――」
「ダメ」
私はソフィー達に刺繍道具を持ってきてもらって、ソフィーとヒューバートが仮眠室で待機。
その他の者はラファエル暗殺未遂者を探しに行ってもらっている。
ラファエルがホットケーキを食べ終わり、強引にベッドに寝かせ、私は枕元の脇に椅子を持ってきて、そこで刺繍をしていた。
「………はぁ……」
「ルイスに聞いたけど、毒飲んでから時間が経ってないうちに仕事してて、しかもそんな状態でお父様達と謁見して、更にその後休まず仕事してたって?」
「………ルイスの野郎……ソフィアに喋るなっつったのに…」
あ、黒いラファエルが出てる。
「さっき寝たけど短かったんだから、1日は寝てなきゃダメ」
「大丈夫なのに…」
「大丈夫じゃない人こそ大丈夫って言うよね」
「………」
ラファエルが黙り込んだ。
勝った!!
珍しく勝利して、私は嬉しかった。
パチンと余った糸を切って、出来上がった刺繍を眺める。
うん、上出来。
「はいラファエル」
「ん? 何?」
「新しいハンカチだよ」
「え………やった! またソフィアの刺繍が増えた」
ラファエルがキョトンとして、理解できた後は嬉しそうに笑う。
次は何を作ろうかなぁ…
「また飾っとかなきゃ」
………ん?
「………飾る?」
「え、うん。今までの刺繍、全部部屋に飾ってあるよ?」
「………何で!? 使うためのハンカチだよ!?」
「俺も最初は使ってたんだよ? でもほら。ナルサスにズタボロにされちゃったから」
「………だからって飾る!? ちゃんと使ってよ! ハンカチは消耗品だし! 使えなくなったらちゃんとまた作るから!!」
「え~……でもソフィアの刺繍、いつも綺麗に刺してくれてるし、同じ物はないから勿体ないじゃないか。飾っておけばいつでも見られるし、汚れることも傷つく事もないだろう?」
………女子か!!
収集癖ある人か!!
「そんな女々しいこと言わないでくれる!?」
「いいじゃないか。俺が貰ったものだから俺がどうしようが勝手でしょ?」
「むぅ……」
そりゃそうだけど、折角ラファエルに使って貰えるように一生懸命刺したのにぃ!!
「ラファエルの勝手だけど、使って欲しいから贈っている方としては、使われない方が辛いんだけど!」
「でも……」
「消耗品だからこそ、また刺してあげたくなるんだよ!? 飾るだけならもうあげないから!」
「え!? やだよ!? ソフィアの刺繍した物欲しい!!」
「じゃあ使ってよ!?」
「ぐっ……いや、でも…!」
何故そこまで頑なに拒む!
私の刺繍なんて普通か、それよりちょっとだけ上かなのに!!
………あ、あれか!?
下手に花や動物とかにするから!?
「じゃあ、ラファエルのイニシャルだけを刺繍するのは!? それなら殆ど同じように刺せるから!」
「………まぁ、それなら……」
「本当ね!? 今から何枚か作るからちゃんと使ってよ!?」
「わ、分かった」
ソフィーに新しい布を取ってもらって、刺繍し始める。
全く…今まであげた刺繍入りのハンカチを見た覚えがないと思ったら、飾って使ってなかったなんて!
私泣くよ!?
使ってるのを見たいのもあって作ってたのにぃ!!
こんな事なら丁寧に縫うんじゃなかった!!
結構時間かかるんだから。
長く使って欲しいからより丁寧に解け難いようにしてたのに。
「あ、ソフィーも一緒に刺す?」
「わたくしですか?」
「そう。ヒューバートにあげたら?」
壁際の2人を見ると、2人して頬を赤らめていた。
相変わらず初々しいことで…
「し、仕事中です!!」
「ソフィーは言わないと休憩も取らないでしょ」
ソフィーは精霊だから疲れることはない。
睡眠も必要としない。
だからこそ、1日中、年がら年中仕事モードになってしまう。
「ソフィー殿、刺繍はともかく、休憩を入れたらどうですか?」
ヒューバートはヒューバートで、まだソフィーに対して他人行儀だ。
「………あ、の……欲しい、ですか?」
「え……あ、う……ほ、欲しくない、と言えば……嘘に……なります……」
………何故視線を反らしながら会話をしているのだろうか…
更に2人して顔を背けていれば、話難いだろうに……
「わ、分かり、ました…」
ソフィーが恥ずかしそうに私の近くに椅子を動かし、私が持ってきて欲しいと頼んだ布が入っている籠を覗き込む。
「どれでも使っていいよ」
「ありがとうございます……」
ソフィーは返事をしたものの、布から迷っていた。
決めかねたのか、私に断ってヒューバートの方に籠ごと持って行き、2人で悩み始めた。
「………あの2人はまだぎこちないね」
ラファエルがベッドにうつ伏せになり肘で支え、身体を上半身だけ起こして私に囁く。
「微笑ましくていいんじゃない? 私が言わないと2人の時間作らないくらいだからね。慣れるのにかなり時間がかかるでしょうね」
「………あれで将来閨とか大丈夫なの?」
「ごほっ!!」
ラファエルの言葉に思わず咽せ、涙目でラファエルを睨んでしまう。
ラファエルはごめんと苦笑し、私を撫でた。
ソフィーとヒューバートは、そんな私達を不思議そうな顔で見たのだった。




