第232話 私にも出来ることはあります
ラファエルの寝息が聞こえてきてから約30分。
どうやら解毒剤の中には睡眠薬も少量入れられていたらしい。
………多分。
ラファエルはいつも私の知らない間に寝てたから、寝付きが良いのか悪いのかは知らない。
ただ単に疲れていただけかもしれない。
私が睡眠薬の代わりになっていたのなら、それはそれで嬉しい。
私の身体はラファエルの役に立つ、と。
そろそろいいかなと、起こさないようにソッとベッドから抜け出した。
………さて…
私は足音を殺し、仮眠室から執務室へと移動した。
「ソフィア様?」
執務室にはルイスがいて、床にも積み上げられていた書類は、無差別からジャンル別? に積み上げられ、綺麗になっていた。
「ルイス、私が見ても良い書類はあるの?」
「………申し訳ございませんが…」
「ん。分かった。じゃあ見ない。確認したいことがあるのだけれど」
私は書類の山から目を離し、ルイスを見る。
「何でしょう」
「現在のランドルフ国の問題で、早期解決または終息が求められるものを上げてくれる?」
「精霊問題は精霊自身が契約者と離れました。が、精霊と契約していた者が一部問題視しております。本人ではなく、主にその人物を贔屓にしていた貴族が」
「子爵?」
「いえ、それは精霊契約解除を国民に周知した以前に、強制的に引き剥がしております。侯爵令嬢と共にソフィア様を襲う計画をしていた容疑で」
「そう」
なら、把握していた以外の契約者か。
「けれどもうその者の関係者以外の契約者の説得は、精霊自身が付けてくれていますので、時期収まるでしょう」
「………旧国派なら、その人物の関係者がラファエルに毒を盛った可能性は?」
「まさか。旧国派の者は王宮関係者に近づけないようにしております。王宮に勤める者達は仕事柄、全貴族と家族の顔と名前は全員に叩き込んでおります」
「………そう」
ルイスの自信はどこから来るのかしら?
「ライト」
私が呼べば、真後ろに音もなく立った気配がする。
………その登場の仕方、心臓に悪いんだけどね…
呼んだからには心の準備が出来ているから、飛び上がったりしないけれど。
「至急調べて。本当に王宮勤務している者達に、旧国派もしくはその手の者が接触していないかどうか」
「もうオーフェス達が動いています」
「なっ!?」
驚いたのは私ではない。
ルイスだ。
「何故ですか!! 王宮の者が信頼できないとでも!?」
「「うん(はい)」」
あ、ライトと返事が被ってしまった。
「………理由は何ですか」
即肯定した私達に、ルイスは少し落ち着いたようだ。
根拠無い言葉を、私はともかくライトが言うはずがないものね。
ライトが私より信頼されてることが辛い!!
「王や王子の騎士らが捕まり、その思考に明らかに染まっている騎士はもういないでしょうが、完全にいないと言い切れますか? 密かに共感している者がいないと言い切れますか? 人の心を読めない貴方が」
「それは……!」
ライトの言葉にルイスが反射的に言い返そうとした。
「サンチェス国から来た者達はお兄様が厳選しているので、大丈夫でしょ。が、元々からいた若手騎士はハッキリ言って疑われる対象だと思うわ」
「………はい」
「2つ目。騎士は一先ず一掃されてるでしょうが、侍女は?」
「………!!」
「料理人は? 男性使用人は?」
ルイスが目を見開いた。
「執務室まで毒が運ばれているのは事実」
私は執務室の床を指差した。
「それならまず毒を盛った以前に、毒入りのお茶を持ってきた者はどこに?」
「その侍女は部屋に拘束して行動を監視させてますが…」
「ルイスは、その侍女が毒を盛ったとは考えた?」
「勿論です! 身体検査をしました! 侍女の部屋を探させました! 毒の容器は何処にもありませんでした!」
「………」
ルイスは考えられる調査はしたというところだろう。
「………あのさ、ルイスの大前提に“毒は液体か粉で入れ物がいる”と思っていない?」
「それ以外どういう方法があるというのですか」
………ぁぁ、そうだ…
この世界では、薬は液体か粉。
必然的に入れ物が必要になるという固定概念があったんだ…
「………固める術があるとすれば?」
「………は……?」
「液体または粉を、固めて毒だけを運べるとすれば?」
「そんなもの……」
「それか普通の食材に見せかけて、毒草を少量だけ、お茶一杯分を他の食材に隠して持ち込んでいれば?」
ハッとルイスが目を見開く。
ルイスを責められない。
だって、薬はそういうもの、という一般常識だもの。
「3つ目。旧国派は絶対に王宮内にいない、とは限らないでしょう。あの王がいた王宮で、使用人の入れ替えを行っていないのなら、旧国派はいるでしょう。むしろ、ラファエルならそれをあえて据え置きしているのかもしれないけれど」
「………何故…」
………ルイスがこれまで気付いていなかったことが疑問なんだけど…
………いや、あの顔は“何故それを…”って顔かな。
「だって、完全に王宮内の者を新国派や中立派の者だけにすれば、旧国派からの暴動の誘導――きっかけになってしまう」
「………」
「旧国派、中立派、新国派の三つ巴の国だから、どこの派でも一方的に解雇できないでしょう。他者を巻き込む争いの種をラファエルは撒かないでしょうし。何もしていないのに旧国派だからという理由だけで王宮から追い出された、っていうのは王族への不満を募らせる結果になるしね」
「………ソフィア様」
ルイスに名を呼ばれ、視線を合わせる。
「………ソフィア様は国政の教育は受けていないんですよね?」
………国政教育?
何故そんな事を聞く…
「受けてないけど…」
「では、想像力だけでそこまで正確に推測しておられるのですか?」
………ぁぁ、そういう事…
「わ、私だって考える頭ぐらいあるもの!!」
遠回しにバカにされてる!!
バカなのは否定しないけれども!!
それにこれは国政ではなく、貴族社会の縮図、の方が正しいでしょ!?
「………姫、そこではないです」
「むぅ……」
「すみません」
ぷくぅっと頬を膨らませると、ルイスが慌てて謝ってくる。
「………いいけど……で、最後4つ目」
「まだあるんですか」
「まだあるんです。旧国派だけ、という思考は切り捨てた方が良い」
「!? 根拠は?」
「精霊解除させられた者。精霊を愛おしく思っていた人の犯行かもしれない。精霊を侯爵みたいに自分の意のままに操れると勘違いしていた者達かもしれない。だから私が把握、把握していない精霊契約者が侍女に協力を仰いだ、または料理人、または他の使用人を使ってお茶に毒を盛ったかもしれない。だから、私は全員を疑う」
私のキッパリと言い切った言葉にルイスが息を飲んだ。
「………マーガレット嬢とスティーヴン殿も疑っている、ということですね」
ルイスの言葉に私は返答しなかった。
けれどそれは無言の肯定となる。
「ルイスがどう思っているのかは知らないけれど、私は精霊の混乱よりもラファエルの毒殺未遂の件を優先させてもらう」
「それは勿論」
「だから――私の……サンチェス国のやり方で、やらせてもらう」
そう言った瞬間に、ライトが姿を消した。
同時に天井に感じていた私の影とおそらくお兄様の影が蜘蛛の子を散らすように、四方に散ったのを気配で感じた。
………留まっている残りはラファエルの影と――お父様の影かしら……?
そしてルイスはそんな私を見て、息を飲んだ。
ラファエルが、ルイスが、毒殺未遂の件をどう思っているのかは知らない。
動かせる者が少ない、というのは分かっている。
だからこそ、私は動く。
そして私が動けば、必然的に私の影が動く。
そして私を守るためなら現在ランドルフ国にいるお兄様も、お兄様の影も動く。
ラファエルが生きてるから、一先ず安心?
出来るわけがない。
使える手が今ここに沢山あるのなら、使わないという選択肢はない。
利用できるものは何でも利用する。
だって、私からラファエルを奪おうとした人だもの。
手加減する必要ないもの。
私は静かに犯人に対して、怒りを募らせていった。




