第227話 思いとは裏腹に⑧ ―Ra side―
「………すまん、ライト…」
ラファエル様が姫の部屋の扉を閉めた途端に倒れた。
姫が見る前に、咄嗟にラファエル様を抱えて、死角になる場所に運んだ。
青白かった顔色が更に悪くなっている。
姫が部屋まで送って欲しいと口にした瞬間、ラファエル様の顔色が悪くなったのを見た。
まだ動き回れるほどの体力は回復していない。
毒を口にしてまだ1日経っていない。
そんな状態でサンチェス国王が来国してしまって、出来るだけいつも通りに振る舞っていたラファエル様をこれ以上酷使できなかった。
だが暗に休めと言った言葉は、ラファエル様自身に断られた。
………あの姫の我が儘を、ラファエル様は喜んだのだ。
姫に知られたくない反面、少しは姫に一緒にいて欲しいと望まれたことが、本当に嬉しかったのだ。
だから無理して姫との時間を…僅かな時間を大切にしたかった。
………そんな些細なことを喜ぶほど…ラファエル様は姫の言葉を欲していたということ。
それだけで、ラファエル様は自分を省みず姫の言葉を受け入れた。
背負ったラファエル様の身体は熱を持ち、耳元に荒い息がかかる。
「………ライトは、怒るか……? ソフィアに、俺が望まれ……嬉しく思った事を……」
「っ!? 何を!?」
「………ソフィアを……不自由させていた……俺が………喜ぶのを……お前は、望まないだろう…」
………本当に、私はラファエル様を追い詰めていた…
「………ぁぁ………ソフィアは、相変わらず………かわい……」
ズシッと背にかかる負荷が強くなった。
「ラファエル様!?」
顔を向けると、グッタリとして気を失っているラファエル様がいた。
身体が熱く、熱が上がっているかもしれない。
私は急いでラファエル様の執務室にある仮眠室に向かった。
ラファエル様の自室には行けない。
あそこは姫の部屋と繋がっているから。
執務室が見え、見張りに立っている騎士達が私の背にラファエル様がいるのを見て、慌てて執務室の扉を開けた。
続く仮眠室の扉も開けてくれる。
「医者に追加の解毒剤を持ってくるようにと!」
「はっ!」
1人が走って行き、1人が仮眠室の扉の前に立つ。
「……ソ、フィア…」
熱に浮かされながらもラファエル様は姫を呼ぶ。
………本当は傍にいて欲しいのだろう。
けれど、毒のことは言えないから傍にいて欲しいなどと言えない。
グッと拳を握りしめる。
………まだか。
まだ毒を盛った犯人は分からないのか。
早く見つけて罰してくれ。
そして一刻も早くラファエル様を回復してくれ。
もうこれ以上、この方を追い込まないでくれ…!
ベッド脇に膝をつき、そう願うことしか出来なかった。
私は仕事柄毒を用いることがある。
同然解毒の仕方もある程度知っている。
けれど、王宮の医者に敵うものでもない。
下手に手を出せない。
ましてや国の王太子に。
姫の婚約者に。
万が一でもあれば一大事だ。
私のせいなんだ。
この方を追い込んでいる原因の1人だ。
早く、姫の言葉を伝えさせて欲しい。
姫が会いたいと思っていることを知って欲しい。
ちゃんと姫もラファエル様を愛していることを知って欲しい。
一方通行と思って過ごさないで欲しい。
これからも姫と共に……きちんと言葉を交わして笑い合っていて欲しい。
それを一生、見守らせて欲しい。
もう、間違えたりしない。
ラファエル様の気持ちも、姫の気持ちも。
「………ラ、イト……」
「! ラファエル様、気がつかれましたか!?」
「………どれぐらい、寝て…」
「………少しですよ」
「そう、か……ソフィ、ア……は……」
………本当に、二言目には姫のことなんですから…
「大丈夫です。言ってませんし、知りません」
「………ありが、とうな…ソフィアに、黙っているの、は…辛い、だろ……お前は……ソフィアの、影だから、な……」
「私への気遣いなど不要です。………申し訳ございませんでした」
頭を下げた私に、ラファエル様は不思議そうな目を向けてくる。
「………なぜ、お前が、謝る……毒は……」
「毒のこともそうですが、飲む前に姿を見せられなかったせいでもありますが、それではございません」
「………?」
「………サンチェス国のことです。私は姫の為だけに動き、ラファエル様の気持ちを知ろうともしておりませんでした。姫の言葉を聞く機会を失わせ、共にいる時間を減らし、ラファエル様を追い詰め、結果姫と会えなくなってしまいました」
そこまで言うと仮眠室に医者が入ってきてラファエル様に解毒剤と解熱剤を飲ませた。
即効性らしく、荒かった息は整っていく。
ラファエル様は手を振り、医者と騎士を退出させる。
そして上半身を起き上がらせ、クッションで背を支えた。
「当然だろう」
「………ぇ…」
「お前はソフィアの影だ。ソフィアの為に動き、ソフィアの為に死ぬ。だろ?」
「ですが、婚約者であるラファエル様との仲を裂いていいわけがありません!」
「裂いてないよ」
キッパリと言われ、唖然とラファエル様を見上げる。
「お前は当然のことをした。間違っていることは1つもしてないよ。俺はソフィアを追い詰め、お前はソフィアを守った。影としてちゃんとやってるよ」
「しかし……」
「俺が今ソフィアの傍にいられないのは、俺のせいと国の状態のせいだ」
ソッとラファエル様に頭を撫でられ、私は固まる。
頭を撫でられたことなどない私は、こんなところでこんな初体験をするなどと思っておらず、固まってしまったのだ。
「だからこんな所にいないでソフィアを守ってくれ。明日は温泉街だ。ソフィアが外に行くのだから危険が多くなる。俺の命が欲しい奴らがソフィアを狙わないとも限らない。俺の代わりに守ってやってくれないか」
………この人は……ズルい。
私を咎めるどころか、そんな事はないと許容し、そして傍にいられない自分の代わりに姫を守ってくれなど…
「まぁ、ライトはソフィアの影だから言われなくてもちゃんと守ってくれるよな」
ラファエル様は寂しそうに笑った。
おそらくラファエル様の目には、姫とそして私が共にいる光景が映っているのだろう。
「………俺の宝物は……自由が1番……なんだよな……俺は…疲れた鳥が一時的に休む為のただの枝に過ぎない……」
呟かれた言葉は私の胸を突いた。
「姫の1番はラファエル様です! 姫はラファエル様と共にいたがっています! 会いたいと言っている、そう姫から伝えてくれと言われて私はここにいるんです!」
気付けばそう叫んでいた。
立ち上がって言い放てば、ラファエル様は目を見開き…そして複雑そうに笑った。
「すまないな。弱音が出た。そんな嘘をつかせて本当に申し訳なく思うよ」
「っ……」
「ダメだな。王太子は弱音や愚痴を吐いてはいけない立場なのに。今日はつい口に出してしまう…疲れてるな……忘れてくれ。ソフィアが気にしてしまう。ソフィアが自由に過ごしている姿に惚れたのに、それを閉じ込めて羽を毟ってしまっていた俺がソフィアの愛を望むのもおこがましいしな。ソフィアが自由にして笑っているのを少しだけでも見られれば、俺はもうそれだけで…」
………ぁぁ、もうダメなのだ。
私の言葉は、この方には届かない……
姫の心からの言葉でなければ、ラファエル様は心を動かされない……
………サンチェス国で、そうさせてしまった…
「ソフィアを頼むよライト」
「………はい、お任せ…ください…」
私は喪失感を味わいながら、そっとラファエル様に頭を下げ、慌てて入室してきたルイス殿と入れ替わりに仮眠室を後にするしかなかった。
………こんなに自分を不甲斐ないと思ってしまったのは初めてだった。
ライトがラファエルの影みたいになってしまった…
次はいよいよソフィアが動く!(ハズ)




