第221話 思いとは裏腹に② ―R side―
サラッと最後の書類にサインをしてルイスに渡す。
「………ふぅ…」
椅子の背もたれに身体を預ける。
「お疲れ様でした。次は甘味店の件なのですが……」
「どした」
「………いえ、休憩取りますか?」
「いや、いい」
「………根を詰めるのは良くないですよ」
ルイスが外にいる護衛に声をかけに行く。
多分侍女に茶を持ってこさせるのだろう。
「まだ大丈夫だ。甘味店がどうした」
「いえ、休憩後にします。ソフィア様の元へ行ってきていいですよ」
「ソフィアは出掛けてるだろ。許可したからな」
「………」
「まだ国の状態は安定してない。こんな状況でソフィアの所に行っても気になって仕方ない。書類寄越せ」
「………そう言って、ここ3日ソフィア様と顔を合わせていませんよね。ソフィア様に休憩中ぐらい顔を出して欲しいと言われていたのではなかったですか」
「………」
………そう、だったな。
忘れてた。
でも今回は街に行ってきてもいいと言ったし、レオポルド殿も来てるし、息抜きさせろとライトに言われたし、出掛けてるだろ。
俺がいなくてもソフィアは大丈夫のはずだ。
サンチェス国で動きたい放題だったんだ。
ここでも許可すれば自分の思うまま、活き活きと活動しているはずで。
………今まで本当に俺の我が儘で束縛していたんだ。
ソフィアは何も言わないから甘えていたんだ。
………ライトに説教されて、その後改めてライトと話し、サンチェス国にいる間は俺の我が儘を通させてもらった。
レオポルド殿には許可を予めもらっていたから、ライトを説得するだけで良かった。
サンチェス国で……素のソフィアと過ごせたから……満足だ。
「ソフィアなら大丈夫だよ」
「………は?」
「今頃ローズ嬢やレオポルド殿と笑ってるさ」
「………」
「俺は束縛がキツいらしい」
「何を今更」
ルイスに呆れられる。
「でも、そうやって閉じ込めても、ソフィアは俺に何も言わない」
「言ってるでしょう」
「“自発的に”言わないんだよ。知ってるだろう? ………それがサンチェス国では特に強かった」
「サンチェス国で、ですか?」
「………当然だよな。勝手知ったるサンチェス国で、自由に動き回ることが出来る。俺の知らない場所からも出入り自由だ。開放感が半端なかっただろうな」
「………それはまた……」
俺が知っているサンチェス国のソフィアの部屋からの脱走ルートはバルコニーだけ。
王宮で通路を歩いていると、よくソフィアがいないとヒューバート達が血相を変えて探しているのを見た。
レオポルド殿と打ち合わせしているときは、別行動が当たり前だった。
捕まって戻ってきたソフィアは凄く活き活きとしていて……
モヤモヤした心はやがて、レオポルド殿に愚痴という形で出してしまっていた。
「それは嫌だ、とか。息抜きしたい、とか。………俺と過ごしたいとか。ここでいるときより更に俺と話すことがなくて……何も言わずにお忍びに行って……まぁ、俺が許可することがなかったからだろうね………表情で少し出すときもある。けれどそれが合っているのかどうか自信がなくなっていった……ソフィアは俺に気持ちを言ってくれないから。………本当にソフィアは俺が好きなのかどうか……分からなくなっていく……」
「ラファエル様…それは……」
「強制的に言わせないと言わない。だから意地になって束縛がキツくなって……このままじゃやばいと思って、レオポルド殿と組んで気持ちを知ろうとした。でもソフィアは変わらなかった………で、少し距離を置きたくなった」
「え……」
っと…
余計なこと言った。
唇を手で覆う。
だがジッとルイスに睨みつけるように見られ、俺はため息をつく。
ルイスを見ないように手を机につき、手の甲に額を乗せる。
「………これ以上やると逆に嫌われる。それぐらい俺にも分かる。………違うな……俺に自信がないからソフィアが離れていってしまわないか怖い。だから腕の中で閉じ込めておきたい。俺以外といて欲しくない。でもそうするとソフィアの気持ちが離れ、政略結婚だけになるんじゃないか……だから束縛しないように…この気持ちが落ち着くだけの時間が欲しい。………いつもよりもっと冷静でいられるようにしたい。………ソフィアを傷つけたくない。ソフィアの従者に邪魔されたくない。ソフィアの……気持ちが欲しい……言葉が……」
「ソフィア様はラファエル様を好いておられますよ。見ていたら分かります」
「………そうか」
ルイスが言うならそうなのだろう。
ソフィアの態度から察してもそうなのだろう。
でもこれはあくまで態度を見てからの憶測で……俺は、言葉が欲しいんだ……
直接的な言葉が……確信が欲しい…
………これでは女々しすぎるな……
「サンチェス国でいきなり距離を置けない。態度を変えられない。……ここに帰って来れば仕事を理由に離れられる。………すまない」
「………いいえ。公私混同されると困りますが、今は仕事が本当に溜まっているので大目に見ます」
「………ありがとうな。仕事が全て終わったら、ちゃんと向き合うようにする」
「はい。弱っているラファエル様はみっともないですし、そんな姿はソフィア様に見せられないでしょう。見栄を張って…」
ルイスの容赦ない一言に苦笑する。
本当に俺は分かりやすいんだろうな……
「ソフィアの前ではちゃんとしてたいんだ」
「………こういうのを見たいと思ってると思うんですけどね」
「何言ってる。ソフィアの周りにはイケメンが多すぎるんだぞ。レオポルド殿やライトにオーフェスが」
「………ぁぁ…」
「ソフィアの前でライトに説教される俺。かっこ悪すぎだし」
「………説教されたんですか」
「されたねぇ」
くすくすと力なく笑うと、ルイスの顔が歪んだ。
すまん。
情けない王太子で。
「ホント、情けない婚約者でソフィアには申し訳ないよ。無くすのが怖くて、離れられないように束縛して、そのせいでソフィアが不自由して、従者が怒る。後悔して仕事に逃げ引きこもる」
「………ま、男も不安になりますからね。好きな女性に欲しい言葉を言ってくれと望むのは普通です」
「お前はどうなんだ? ローズ嬢と上手くいっているのか?」
「………知ってましたか」
「俺みたいになるなよ」
「私は割り切ってますから。これでも成人してますしね」
「大人だな」
ノックの音が聞こえ、入室を許可する。
入室してきた侍女が机にお茶を置いて去って行く。
扉が閉まるのを確認してルイスを見る。
「ヒューバートがソフィーと婚約した」
「は!?」
「正式に許可されている。ソフィアの双子の妹としてサンチェスの名を貰ったから入籍はソフィアと同じく成人後、18の時になるだろう」
「………分かりました」
頭痛がしたのか、ルイスが頭を押さえて息を吐く。
苦笑してお茶を飲んだ。
「………っ……」
一口飲んで眉をひそめ、カップを戻した。
「………ルイス、毒だ」
「なっ!」
慌ててルイスが駆け寄ってくる。
そんなに慌てなくとも、毒にはある程度慣らしてある。
死ぬことはないだろう。
「大丈夫だ………一口だけ飲んだが……どうって事ない………ソフィアには……知らせ………る……………な……」
「ラファエル!!」
………おい。
様、を忘れて――
身体に何かがぶつかったのか、痛みと共に意識が飛んだ。




