第219話 あれ、してなくない?
最後の宿泊の街にて、私は牛乳と卵を手に入れラファエル達と甘味を次々と作っていった。
テンションが上がっていたのは認める。
気がついたら夜になっていて散々作っては試食を繰り返していた私達は、きちんとした食事を取らずに就寝した。
そして次の朝、火精霊に乗せてもらってサンチェス国王宮に戻った。
更にソフィーの件をお父様にどう判断されたのかと聞きに行った謁見で一悶着あった。
それはソフィーがお父様の前に姿を現したことが一度もなかったから。
私が騙されているんじゃないかとか。
精霊だからと似ていると言われても、実際に会うまで信用できなかったらしい。
それもそうだよね…
次にソフィーを会わして本当にそっくり(ソフィーが本物なんだけどね…)で、お父様はお母様を少し疑ったらしい。
精霊ではなく本当の人間で、自分の知らないところで産んだのではないかと。
いえ、サンチェス国の血族は第一・第二王子と第一王女しかいませんから…
義理の姉であるカサブランカとローズは直系ではないので当然、私の義姉になったところで2人が私の上になって第一王女第二王女とはならない。
サンチェス国の王女は私しかいないのだ。
疑いを持っているお父様を納得させるのはただ1つ。
私はソフィーに命令し、力を使わせた。
命令したのはちゃんとソフィーが私と契約した精霊で、命令を聞くのだと分からせるため。
そしてお父様はソフィーにいくつか質問し、漸く許可が出た。
私の妹として名乗るのを。
けれどこれはあくまで書類上で記入して、サンチェス国王に確認されても間違いないと返せる程度のもので、公の場で名乗ることは許されていない。
自己紹介をしてもソフィー・サンチェスとは名乗れないのだ。
私から口頭で「妹のソフィーです」と伝え、サンチェス国王家の名を持っていると暗に示せる程度のもの。
ソフィーは人間ではないから当然出生届が出ていない。
私の知らないところでソフィーが名乗り、相手が出生を調べたら届けがないことで怪しまれる。
逆に私が紹介すれば王女の私が認めている妹だと分かり、私がそう言っている以上私より階級が下の人間が疑っても調べられない、ということになる。
まぁそんな事は起こらないとは思うけれど、念の為。
ヒューバートと入籍するまでだし。
ヒューバートと入籍すれば、ソフィーはソフィー・ガルシアと名乗ることになるから。
貴族の名を名乗ることは大丈夫だ。
王家じゃないから。
サンチェス国では直系以外はサンチェスの名を名乗ってはいけないことになっている。
だからこの国で“サンチェス”と名乗れるのは、お父様とお兄様と私のみ。
お母様も自己紹介をする時には“サンチェス国王の妻”と名乗っているし、カサブランカお義姉様も“レオポルドの妻”と名乗っている。
ランドルフ国でローズがマーガレット達に自己紹介したときは、サンチェス国内ではなかったためギリギリ許容範囲とされる。
私は何も言わなかったけれども、ローズも分かっててあえて名乗ったのだろう。
マーガレット達を見極めるために。
でもローズがサンチェス国内でローズ・サンチェスと名乗れば即拘束される。
それだけサンチェス国王家の血は大事にされている。
他の国はそれぞれの国の法が適応されるので、どうなっているのかは知らない。
国同士が絡む社交界では夫が妻を紹介する時は当然同一姓なので省かれる。
婚約者同士は男が女を紹介、という形なので女は自分の家の名を名乗らなければならないので口にする。
ここでローズが名乗るとすれば、サンチェス国王の養女・ローズでございます。
ソフィーが名乗るとすれば同じく、サンチェス国王の養女・ソフィーでございます、になる。
必ず養子だということを示して、自分は王家の人間ではないアピールが必要になるのだ。
やっぱり階級社会は面倒なことが多い。
そして私が結婚してランドルフ国に完全に戸籍を移すことになれど、ソフィア・サンチェス・ランドルフと名乗ることになってしまうので面倒くさい。
王家直系の女は男から妻ですと紹介されるも、フルで名乗らなければならないという決まり。
けれどラファエルとの間に子が出来、子が名乗るときは○○・ランドルフ、になる。
サンチェス国王の直系、だからサンチェス国王の子供のみ対象なのだ。
従って、私は国王の子だけれど、私が産んだ子は対象ではない。
お兄様が王位に即けば、お兄様とお義姉様の子が次の直系の子になる。
けれどここで私が直系でなくなるかといわれると、そうじゃない…
私は一生ソフィア・サンチェスなのだ。
ややこしい。
ま、まぁとにかく、お父様に許可ももらってヒューバートとソフィーの婚約は早々に正式書類が作成された。
最初から許可するつもりだったのだろう、と突っ込みたいぐらいにソフィーの確認が済んだ後すぐ、宰相が婚約書類を私達の前に出してきたから。
2人に記入させ、提出しに行かせた。
サンチェスの姓だったので確認の者が訪れたが、お父様が頷いたことにより正式に決定した。
喜んでいると帰る準備をと促され、慌てて荷物を纏めて馬車に積み込み、数日ぶりに再会したアマリリスの首筋に届いたチップを埋め込み、結構慌ただしく私達はサンチェス国を去ることになった。
そして現在ランドルフ国に帰国中である。
馬車の中には私とラファエル、ソフィーとアマリリス。
更にお兄様。
………あれ?
「………何故お兄様まで…」
「俺、ランドルフ国滞在30日取ってるし」
………仕事しろ。
「荷物もあっちのままだし」
「………ぁ、そっか…」
「それに、罪人に埋め込んだチップの効果も知りたいしな」
チラッとお兄様がアマリリスを見る。
見られたアマリリスは質素な侍女見習いの制服を着ている。
黒一色のメイド服といえば分かるだろうか。
エプロンも黒で、フリルは付いていない。
ソフィーのエプロンは白だ。
侍女と見習いの差を、目に見えて分かるようにしている。
アマリリスは目を伏せ、お兄様を直接見ないようにしていた。
………ふぅん。
私は目を細めアマリリスを見た後、視線を戻す。
馬車の周りには馬に乗った私の護衛のみ。
影は姿を現さず。
何処かにいるだろう。
「………あ!!」
突然叫んだ私の声に、全員がビクッとする。
「………どうしたの?」
「………ラファエルとデートしてない…」
「………ぁ…」
ガックリと肩を落として呟くと、ラファエルも思い出したように、“マズい…”といった風な感じの声を出した。
「………お兄様とはデートしてたのに……」
「「気持ち悪いこと言わないでくれ…」」
「………被ってる……本当に仲良いね…」
「男同士の友情だから!! 恋してないから!! 一緒に出掛けただけでデートじゃないよ!!」
ブンブンとラファエルが首を横に振る。
「私とは出かけてないのに…」
「で、出たでしょ!? 2日目!!」
「………お兄様と3人でね……」
「うっ……」
沈んでしまった感情は暫く浮上する事はなかった。
帰ったらランドルフ国でデートできるかな…
チラッとラファエルを見ると、ラファエルは視線を馬車の外へ向けていて考え込んでいた。
………あれ……?
いつもならもうちょっと何か言ってくれるのに……
ランドルフ国に戻ったときの事でも、考えてくれてるのかな……?
デートの事とか……
今度デート出来たら、また何かお揃いの装飾品とか欲しいな。
…って、あ……
「………ソフィーの件で、私の店の責任者変更手続き忘れた…」
「す、すみません姫様…」
「………ううん。ソフィーのせいじゃないよ…私の要領の悪さでそうなったから…」
王宮に戻ってからと思って後回しにしたせいだ。
ライトに指示しておけば済んだこと。
まだまだだなぁっと思いながら、サンチェス国からランドルフ国へ帰還した。




