第206話 楽しようとしてはいけません
本日泊まる予定の街に着いた。
お忍びだから当然ランクの低い部屋を2室。
なんとなくラファエルとお兄様が一緒な部屋になるんじゃないかなぁ…と思っていた。
そして私に宛がわれた部屋にはベッドが1つ。
うん、ですよねー。
私はベッドに座り、ソフィーが煎れてくれたお茶を飲む。
「珍しいですね、ラファエル様が姫様と同じ部屋に泊まらないとは…」
「お兄様と意気投合しているし、何より“結婚前に同衾はダメ”って言われるだろうし」
「………」
「今更って顔で見ないで」
ソフィーと壁にずらりと並んでいる護衛の1人であるヒューバートが、同じ様な表情をした。
「なんだぁ? ソフィア様は王太子と同衾してるのか?」
「………アルバート、また敬語が迷子になってるよ。勝手に潜り込まれるの。何度言っても止めないからもう何も言わないけど」
………それにもう冷たいベッドで目覚めるのは嫌だし…
豪華なベッドに1人って寂しいものだよ。
この宿みたいにいかにも1人用ベッドなら思いもしないけれど。
「ほぉ……真面目なソフィア様がやることやってるとは」
「………いや待て。アルバートが思っているようなことはまだ一切ないからね。そこの所間違えないでよ」
「あ? 婚前交――」
「ないから!!」
私は誤解のないように全力で否定した。
それに“真面目”って嫌みでしょ!?
お転婆行動している私を、護衛の皆が真面目と思っているなんて信じられないし!!
自分でもそういう行動している時点で縁遠い言葉だと思っているし!!
でも自重はしません!
これが私です!
「なんだないのか」
「………何故ガッカリした顔をする」
アルバートはガッカリしているし、ジェラルドはキョトンとしているし、オーフェスはため息ついているし、ヒューバートは何故か顔真っ赤にしているし。
表情豊かな護衛達だな…
「姫」
「なに?」
天井からライトが顔を出す。
ここでも天井が待機場所っていうのも通常運転でブレないね。
「両王太子が出掛けるとのこと。姫は宿で待機と」
「了解」
思った通りの行動をしてるなぁ2人とも。
「交代で休み取って」
私は机にカップを置き、ベッドに横になる。
「私は疲れたから仮眠取るわ。ソフィーもいいよ。そうだな…ヒューバートとジェラルドが先に休んで。オーフェスとアルバートには後でやって欲しいことがあるから、ちょっと残って欲しい」
「はい」
「畏まりました」
「分かったー! ソフィア様遊ぼう!」
「今休むって言ったばかりでしょ!!」
「えー」
渋るジェラルドをオーフェスが容赦なく部屋から追い出し、ヒューバートとソフィーも出て行った。
………さて、ヒューバートはソフィーをデートに誘えるのだろうか。
「ソフィア様、ご用とは?」
「ん。ここの街の水回りちょっと調べてくれない?」
「水回り、ですか…?」
「そ。ちょっとここの食物の成長具合が気になった」
「ああ…」
オーフェスはすぐに納得し、アルバートは首を傾げる。
「成長が遅いところが何カ所があった。色も微妙に違ってたし。まずは水回り調べてもらって問題なかったら他の要因探って。アルバートは川とかせき止めてしまっている何かがあれば、取り除いて欲しいのよ。私の護衛の中で一番の力持ちはアルバートだから」
「おお、そういう事か! 小難しい話ならヒューバートを残した方がいいと思ってたが」
調査など頭を使う仕事はアルバートには向かないからなぁ…
教養…というか常識は一応頭に入っているみたいだけど…それだけで、応用っていうのが出来ない。
分析のみならオーフェスとヒューバートだけど、力関係はアルバートだからね。
ヒューバートは何気に頭がいいし、真面目。
唯一残念なのがヘタレって所…
今回は分析と原因が物理的なら力が必要。
だからヒューバートを残さずにアルバートを残した。
「ん? だが精霊の方が対処が早いんじゃないか?」
「簡単に精霊の力使っちゃダメでしょ。ランドルフ国じゃないんだから」
「………?」
首を傾げるアルバートに、私とオーフェスがため息をついた。
「これからもソフィア様がこの国に居るんじゃないんだ。原因を調べ対処法を示し、この街の住人だけでも対応できるようにしておかなければ、同様なことが起こった場合に動けないだろうが」
「おお!」
つ、疲れる……
………ラファエルとお兄様ならすぐに分かってくれるからなぁ…
言葉足らずでも頭の回転が速い人との会話は楽だ。
でもこれからはアルバート達とも過ごす時間が増えるから慣れないと…
前までは捕まってはい終わり、だったから顔と名前は知っていても会話とかは、鬼ごっこの最中ぐらいだったし…
………はっ!!
鬼ごっこ違う!!
逃走してたんだ…
ダメだ…ジェラルドがずっと鬼ごっこって言ってたから…
「………とにかくお兄様も気付いて探ると思うけど、2人も手伝ってあげて」
「「了解」」
2人が騎士の敬礼をする。
………ふむ。
しっかり兵士から騎士への切り替えが出来ているみたいだ。
流石だね。
「じゃ、仮眠取るから」
「あ、仮眠は本当だったのか。じゃあ室を出て――」
「護衛が何退出しようとしているんだ」
アルバートが出て行こうとするのを、オーフェスが肩を掴んで止める。
「だが、ランドルフ国では――」
「王宮のソフィア様の室と、サンチェス国の街宿を一緒にするな!」
2人が押し問答をしているうちに私はポイッと靴を脱いで、平民特有の硬いベッドと薄い布の間に滑り込む。
そして2人の声をBGM代わりに聞きながら、ゆっくりと意識を手放した。




