第205話 王太子の好奇心は無限です
お忍びサンチェス国巡り。
世界の食を担っていると言っても大袈裟ではないサンチェス国の畑は、それは広大で国土の広さも街や村の数で言えば世界のトップクラスと言っていい。
各街の畑で作っている物はそう多くない。
それぞれの街で作っている食物は2~3種。
同じ所で同じ食物を作れば土地が痩せるので、収穫しては別の食物を植え育てる。
半分の土地に植えているAの食物を収穫後にBの食物を植える。
残り半分の土地のBの食物を収穫したところにAの食物を植える。
その繰り返し。
国土全てを精霊の加護で守っているから、収穫できない年はない。
でもその加護も常に与えられているわけではなく、育ちが悪いところに一時的に栄養を送る、といった物らしい。
これはお兄様から聞いた。
ラファエルと2人して、へぇ…と聞いていた。
広いサンチェス国を見回るとき、普通は馬車で行くけれど、私とラファエルは3日で回らなければラファエルの滞在日数を余裕で超過してしまう。
その為、精霊に空を飛んでもらい、上から観察するという手段をとって回ることになった。
現在は目的地としている街まで、ゆっくりと火精霊の背に乗って移動している最中。
民に気付かれないように雲に近い位置で、太陽で逆光にし民が見上げても見慣れた黒い鳥が飛んでいるように見せている。
………まぁ、この距離なら赤に見えないと思うけど。
「すっごいね。アレはなんの畑!?」
「アレは――」
ラファエルの問いにお兄様が答える。
これを城下街から出て火精霊に乗って飛び始めてから何度もしている会話。
ちなみに護衛兵士は城下街を出る門までの護衛でした。
火精霊に乗っているのは事情を知っている者のみとなっている。
兵士からは色々食い下がられたけれど、精霊を見せるわけにはいかないしねぇ…
見えないのにいきなり空飛んで姿見えなくなっても怖いし。
そんな事を考えながらラファエルとお兄様を見る。
………2人とも楽しそうに専門用語が飛び交う会話をしている…
言っておくけれど、私はなんの食物を育てているかは知っているけれど、製造過程など知らない。
だから私はラファエルの質問に答えられないわけで……
必然的にお兄様との会話になるのは分かるよ?
………分かるけれども…
「………」
「………姫、顔」
「あ、ごめん」
最初に私とラファエルが一緒に火精霊に乗ってたんだけどね?
あの例の火精霊分身に。
でも会話が弾めば弾むほど居心地悪くなってね。
更に火精霊に分裂して貰って、お兄様とラファエルがそれぞれ火精霊に乗って隣合って会話をしている。
1人で乗っている私の隣に、ライトとカゲロウの乗る火精霊が居て、私の前をアルバートとジェラルドが、後ろにヒューバートとオーフェスが囲むように居る。
私の顔を見たライトが突っ込んできたわけ。
「楽しそうですね」
「私は楽しくないけどね。ラファエルとお兄様が空中デートしているみたいだわ…」
「………それはそれで気持ち悪いですね」
「………言わないで。私も言って後悔した…」
少しゲッソリしながらラファエルの背を改めて見る。
「ラファエルって好奇心旺盛だよね」
「え、今頃ですか?」
「改めて思っただけだよ。回って帰ったら多分また農業用の機械開発始めちゃうんだろうなぁって」
「そうですね」
会話が弾みすぎてラファエルとお兄様が私達から少しずつ遠ざかっていく。
火精霊の分身だからはぐれても分かるんだけどね。
それでも寂しいものは寂しいのです。
この様子では、泊まる予定の街についてもお兄様と2人で出かけるのだろう。
もう諦めました。
「皆も街とか巡って何か思いついたら言ってね。ランドルフ国とサンチェス国の為になるなら一考するから」
護衛の皆が了承してくれたのを見て、私は微笑む。
………って。
今更だけど周り男ばっかり!!
逆ハーみたいになってるんですが!!
ソフィーカモン!!
「呼びましたか?」
「うわっ!? び、ビックリした…」
「驚かせましたか。申し訳ございません」
「いや、いいよ。呼んだのは確かだし」
いきなり私の後ろに出現するからビックリしたよ。
風精霊の風でいつも通り身体を固定してもらってるから、落ちることはないけど。
「っ……」
「………ん?」
息を飲む気配がしてソッと視線だけを向けると、いつの間にかライト達の反対側の位置になっていたヒューバートとオーフェス。
ヒューバートが不自然に顔を背けていた。
………耳まで赤い……
………いや、バレバレでしょ!?
もうちょっと何とか出来ないの!?
これもう両片想い状態なの確実でしょ!?
ソフィーの方に顔を向けると、こっちはこっちでヒューバートとは反対を向いて、無関心装いながら下を見ているんですけど…
………え…
知らないの本人達だけじゃ…
ライトとオーフェスはやれやれと呆れている。
単細ぼ……ごほんっ……失礼…カゲロウとアルバートとジェラルドは気付いてないっぽいです。
『ソフィー』
『は、はい!?』
『街に着いたらヒューバート誘ってみたら?』
『わたくしは姫様のお世話をする役目がございますので』
………真面目か!!
四六時中ソフィー拘束するつもりないし!
息抜きは必要だし!
た、確かにソフィーの代わりを務めるフィーアはランドルフ国に置いて来ちゃったけど!
『私も自由行動するつもりだし。護衛はライト達いるし、ヒューバートもフリーの時間あるんだし』
『………』
あ、黙っちゃった…
ん~……ソフィーは真面目だし、ヒューバートはヘタレだし…
街ついたらヒューバートの方から誘うように仕向けようか…
マーガレットのプレゼントってこっちでも見つけられるような……ぁ、無理だ。
サンチェス国の装飾品の店って城下街しかないし、それも吸収されちゃったから私の店だけじゃん。
しまった……
視察決めている空き時間で送り出してあげるんだった…
ごめんソフィー…
「ソフィーはサンチェス国の畑どう思う?」
「豊作だと思います」
「いや、そうじゃなくて……工夫できそうなところあるかな?」
「そうですね……」
ソフィーが下を見たまま考える。
「………そういえば、ビニールハウスって出来ないんですか?」
「ああ……言われてみたらないね。でもこの国は一定の気温だから、温度を一定に保たないといけない食物を育てるビニールハウスは必要ないんじゃないかなぁ…暴風雨とかもないから保護の必要もないしね」
「そうですね」
コクンとソフィーが頷き、他に何かないかと考える。
「ビニールハウス、って何」
「ひゃぁ!?」
急にラファエルの顔が真っ正面に!!
ち、近いんですけど!!
ソフィーが背をソッと支えてくれている。
助かる…
「お、お兄様と話していたんじゃないの…?」
「うん。でも知らない単語が出てきたから」
地獄耳か!!
おかげで好奇心旺盛なギラギラした瞳をしたラファエルに、ビニールハウスの説明をするはめになったのだった…




