第199話 彼女の行方
森を修復し終え、私はラファエルを連れてもっと奥の――破壊されていなかった森の奥へ向かった。
「んーんーー!!」
数十m歩いた先に、ぐるぐる巻きにされ、口に猿ぐつわを噛まされた女がのたうち回っていた。
多分巻き付いているロープを切ろうとしているのだろうけれど。
「………えっと……ソフィア?」
「ん?」
「………この女、死んだはずでは?」
ラファエルが女を指差す。
まぁ、私が強制的に究極精霊に意識を、アマリリスの身体に戻してもらったんだけどね。
「ん~……あの時は仮死状態になってたみたいだよ。私を乗っ取っていた命を戻してもらったら、息吹き返したって」
「なんでこの女がここに?」
「私の中に究極精霊が徐々に辿り着いてくれた時にお願いしてたの。アマリリスの身体を拘束して保管しておいてって」
「………なんでそんなに冷静なの」
「だって、私の中で説教して本人にもう抵抗の意思がなかったんだもの。もう襲ってこないよ」
「いや、今そこで思いっきり抵抗してるから」
ラファエルの言葉にアマリリスに視線を戻すと、まだゴロゴロしていた。
私は近づいてアマリリスの猿ぐつわを外す。
「ちょっと!! これはないでしょこれは!! 私一応淑女なんだけど!?」
「いや、淑女は王女を襲ったりしない」
手の平をアマリリスに向け、首を横に振る。
「ほんとムカつくわね! もう私には力はないんだから、せめて手だけ拘束しなさいよ!! なんで全身ミノムシ状態にされてなきゃいけないわけ!?」
「いや、それは精霊の怒りを買ったからだと思うよ。精霊操って罪犯しすぎ」
「ぐっ……わ、悪かったわよ…」
私の言葉にアマリリスが気まずそうに頭を垂れた。
「今からサンチェス国王の元に連れていく。貴女はサンチェス国民であり、罪を裁くのは王の役目だから」
「………分かってる」
「ん。ロープ解いてあげて」
『主!!』
「大丈夫」
『………』
渋々といった感じで風精霊がかまいたちでロープを切ってくれた。
ザッとすぐさまラファエルが私の前に立った。
だ、大丈夫なのに…
「………そんなに睨まなくてももう王女に手を出したりしない」
「信じられるものか。ランドルフ国でも罪を犯したのに、懲りもせずサンチェス国でもソフィアを狙った」
「………そうね。私は私の“立場”を必死で守ろうと――いえ、貫こうとしてたから」
「………立場…?」
ラファエルが首を傾げる。
「今はちゃんと分かってるわよ。私は私ではなくて私なのだと」
「………頭が可笑しくなったのか?」
「ラファエル。アマリリスは“私と同じ”なのよ」
「………ソフィアと同じ…? いや、ソフィアは可愛いし賢いしあんな奴とは違う」
不意に言われた“可愛い”に私は言葉を一瞬詰まらせる。
「そ、そういうことじゃなくて!!」
「………ホントに王女ってラファエルに愛されてるのね…何もかも違って、どうしてそこで気付かなかったのか自分に問いかけたいわ…」
「自分の思い込みって自分じゃ気付かないものだよ」
「………はぁ。さっさと行きましょう。どうせ処刑だろうけど、自分がやった事よ。覚悟は出来てるわ」
アマリリスの目は力強かったけれど、その反面、その目には何も映っていなかった。
自分が消えることを受け入れてしまっている。
私はソッと目を閉じ、一拍おいてアマリリスを見た。
「進藤唯華よ」
「………!」
私は腕をアマリリスに向かって出した。
「………陽本……明里……14歳よ」
「私は16。明里は中学生だったの?」
私の言葉に肩をすくませる明里。
「年齢的にはね。でもずっと引きこもりだったし、ゲームとか漫画とかずっと読んでた」
………ああ、それでか…
虚構と現実が区別しにくい環境にいたのなら。
こうならなければならない、こうなるはずだ。
そういう感情がコントロールできないほどに、彼女は外に慣れていない。
「明里」
ちょいちょいと私は差し出したままの指先を手前に何度か曲げる。
「………」
彼女は暫く考えていたが、恐る恐る私の手に自分の手を重ねた。
「よし、帰ろ」
「………ソフィア、俺を忘れてない?」
「忘れてないよ。え? ラファエルも手を繋ぎたい?」
「………ん」
え……
じょ、冗談だったんだけど…
ラファエルが嬉しそうに私の手を取って絡ませる。
自分で言っといてなんだけど……恥ずかしいな…
「王女、顔赤くない?」
「き、気のせいよ!」
「ソフィアは可愛いなぁ」
「なんでもソレで済まさないでくれる!?」
ラファエルに文句を言っていると、くすりとアマリリスが笑う。
「………私も、愛されたかったな…自業自得だから仕方ないけど……」
暗い表情で笑みを浮かべるアマリリスがポツリと呟いた言葉に、私はソッと目を伏せ、あることを精霊にお願いした。
渋っていたけれど、結局は頷いてくれる。
究極精霊達だ。
私達は3人で王宮へと戻っていった。




