第194話 違う世界② ―A side―
「………なによ、これ」
モブ王女の身体を乗っ取った私。
これから王女として、贅沢三昧できるわ!
あのイケメンラファエルの婚約者になったことだし!
侍女が背を向けている間に、私は意気揚々と衣装部屋に入った。
そこに並んでいたドレスに唖然とする。
震える手で1つのドレスに触れる。
「全部数年前までの流行ドレスじゃない! 今の最新ファッションのドレスは!? 装飾品は!? 信じられない!」
私が叫んでいると侍女が入ってくる。
「いかがなさいましたか」
「!!」
キッと睨みつけそうになり、私は1度息を吸って吐いた。
「………いえ…そういえば私のドレスはいつ仕上がるのでしょう」
数年前までのドレスはともかく、最新のドレスの注文ぐらいしているはずだ。
だって王女は最先端のドレスを着て社交界に行くはずでしょ。
あの時――私が捉えられたときのドレスもちゃんと流行に倣って作られていたんだし。
「は…?」
侍女が怪訝そうな顔を向けてくる。
………ぇ、何こいつ。
私の言葉が理解できないの?
「ドレス、ご注文されてたのですか?」
「え…」
「着ていないドレスが山ほどあるからと、いつも新しく仕立てることを嫌がっておられたのに…」
――なっ!?
「流行に似せて裁縫しておられたのに、注文しているとは思いもよりませんでした」
淡々と語る侍女に、私の頬の熱が上がっていく。
お、王女のクセにドレス1つも注文しないわけ!?
ちまちま裁縫って、貧乏くさい!!
平民より貧乏くさいじゃないの!!
「そう、だったわね。ごめんなさい、まだ混乱しているみたい…あ、ほら私ドレスを台無しにしちゃったでしょ? 新しいものを仕立てたいのですけれど」
私が言うと、更に侍女が表情を崩す。
一層疑っているような目になる。
は!?
これもダメなわけ!?
マズいわ。
王女がどんな感じの性格か、本来の性格や生活がどんなのか知らない。
これ以上言えば、モブ王女じゃないって思われちゃうかもしれないわ。
「………畏まりました。では、予算はどちらに?」
「え……よ、予算って…私の事にかかるお金は国庫から出ているでしょう。言い値を払ってちょうだい」
「………は?」
ま、またなんか違うの!?
ドレスの注文は許容したじゃない!
「そんな幼子のようなことを仰るなんて……まだ混乱しておられるのでしょうね」
「ま、待ってちょうだい。何の――」
「国庫のものは王のみが動かせるのではないですか。王族だからとはいえ、身の回りのものは自分で整える。ですから、ご自分でご用意していただかないとご注文は出来ませんわ」
はぁぁあ!?
そんなこと設定になかったわよ!?
っていうか、王族なのよ!?
国民からの税金で身の回りを整えるのが常識でしょう!?
贅沢三昧出来るからこの身体を乗っ取ったのに!!
そ、そうだ。
この王女の店があったはずよ。
そこの利益が出てるのなら、この王女の元にも入ってきてるはずだわ!
「店の利益から引いてちょうだい。それなら作れるのでしょう?」
「………お言葉ですが、店の利益は使わないと仰ってましたよね。店に何かあればそのお金を使うと。どうなさったのですか」
こ、この王女使えないじゃないの!!
どうなってるのよ!
贅沢三昧できる以前に、何不自由なく育っていると思っていた王女がまさかの平民より貧乏くさい生活を送っているだなんて!!
部屋からなにから豪華なくせして!
「まだお疲れの様子。ベッドにお戻りくださいませ」
くっ…!!
これ以上不用意な行動は避けるべきだわ。
初っぱなから躓くなんて思わなかった。
………まぁでもいいわ。
私は大人しくベッドに潜り込み、口元を隠して口角を上げる。
この王女の事を、これから周りに探りを入れればいいことだし。
絶対に何もかも私のものにしてやるんだから。
―S side―
ベッドに潜り込んだ元男爵令嬢を冷ややかに見下ろす。
姫様の身体で姫様になったつもりでいるこの女は、最初からボロを出していた。
この部屋に入ってきたラファエル様を様付けで呼んだこと。
精霊の力を使うのを渋ったこと。
レオポルド様の事を呼ばなかったこと。
最後まで敬語で貫いたこと。
何もかも姫様とは違った。
そして先程までの発言。
確信した。
この女が姫様の身体を乗っ取ったのは、贅沢がしたかったからだろう。
姫様の立場で、好き勝手がしたかっただけだ。
彼女が言ったとおり、国庫にあるモノは王族なら使用できる。
王に用途を告げ、許可が下りれば。
けれど、大事なサンチェス国の財を、この女に使わせるものか。
そして、国民から信頼されている姫様の評価を落とさせやしない。
女の寝息が聞こえてきた。
意識の有無を探るが、本当に眠っているようだ。
わたくしはソッと目を閉じ、いつものように姫様に語りかける。
『姫様……』
何度か試したけれど、姫様のお声は聞こえない。
ソッと息を吐き、窓へと視線を向ける。
『どうか……姫様が戻られますように』
心の中でそう願った。




