第191話 事態は深刻でした②
「………これは…」
私は火精霊に森まで飛んでもらった。
そこで見たものは…
「姫! お下がりください!!」
火精霊の分身体で私に近づいてきたライトが私の前に腕を出して止める。
煙と思われたもの、それは蠢く生き物の身体のようなものだった。
それは徐々に形を作り、木々の何倍もある――王宮より遙かに大きくなっていく。
「………聞いてないわよ」
つぅっと頬に汗が流れていくのを感じる。
ドクドクと心臓の音が耳元でする。
手が震えている。
これは――私は恐怖しているのだろう。
目の前の怪物に。
どす黒い色の生き物――龍が目の前にいた。
ごつい顔。
鋭い爪。
鋭利な歯。
大きな――ひと羽ばたきすれば私達の小さな身体は吹き飛ばされてしまうだろう。
ガチガチと鳴りそうな歯は食いしばり、恐怖に支配されないように唾液を飲み込む。
「姫様、姫様じゃ無理だよ。逃げて」
カゲロウが武器を構え、龍を睨みつける。
「ダメよ。それこそカゲロウでは無理よ。アレは間違いなく」
『自我をなくした、暴走している精霊だ!』
私の言葉を引き継ぐように火精霊が言い、究極精霊全員が姿を現した。
人型だったけれど、同じ精霊の力を感じ取ったのか、黒い龍が口を開けた。
その口の中に黒い禍々しい球体が出来ていく。
『光精霊!!』
火精霊が光精霊を呼ぶと、光精霊の身体が光り、瞬く間にその姿を変えた。
黒い龍と同じ位の大きさの――黄龍へと。
『身の程を知れ!!』
光精霊が黒い龍と同じく球体を作っていく。
こちらは温かい光の球で、まるで陰と陽みたいに相反している。
2つの球体はぶつかり合い、爆風で私の身体が吹き飛ばされる。
「きゃぁぁぁあああ!?」
「「姫(様)!!」」
「「「「ソフィア様!!」」」」
吹き飛ばされたのは私だけではなく、護衛達もだった。
皆吹き飛ばされていても私に手を伸ばしてどうにか助けようとしてくれている。
バサバサとドレスがなびく。
ああもう!
戦闘になるならこんなドレス着てくるんじゃなかった!!
王宮で謁見の後で牢に行って、アマリリスの状態見る予定だったから!
「着替えますか?」
「そんな時間な――って、ええ!? なんでソフィーがここに!?」
「わたくしは姫様の身体に入れますから」
よく落ちながらそんな事言えるわね…
そういえばソフィーも精霊だから私の中に入れるんだった…
すいっとソフィーが手を動かすと、風が起き私の身体を浮かせた。
「あ、ありがとう…」
「どういたしまして」
他の人達は風精霊が助けたくれたらしく、同じく宙に浮いていた。
そして皆ゆっくりと地上に降り立つ。
「………あの元男爵令嬢、厄介なことをしてくれましたね」
「あ、やっぱりアマリリスはあの中にいるの?」
「はい。ちょうど龍のお腹の中心部に僅かに人の命を感じます。が、虫の息ですね。あの精霊は契約者の命を糧に生きているようです」
「………命!?」
「正確には呪いの道具を使用する代償、でしょうか。侯爵が使用していた呪いの道具は元々そういう代償はなかったようですが、元男爵令嬢が使用してしまった呪いの道具は、昔の呪いの道具そのものだったようですね。より強い力を使うには代償が付き物、とゲームや物語では当然ですから」
ガックリと思わず肩を落としてしまった。
真剣に聞いてたのに。
「………ソフィー…」
「だって、この世界を作ったのは姫様の世界の人間じゃないですか」
「………あのねぇ…私がここに生きてる時点でゲームや小説じゃないんだから…」
「はい。ですが、ここはゲームの世界の設定で出来ている所が多いのですから、無視は出来ません」
「………はぁ。まぁ、昔の人が呪いの道具をどうやって作ったのか、とか疑問だらけだけど。…精霊に強制的に作らせたとか…? って、そんなことより、彼女が持っていた物で現代に存在している呪いの道具は最後なんでしょ」
「それは間違いありません」
「なら、理由も代償もどうでもいい! 早く解決するのみ!」
私は光精霊に視線を向けた。
「光精霊! その邪悪な精霊を、人里離れた場所へ移動させて! 出来れば地形を変化させない場所!! なければ闇精霊、闇の異空間へ収納!」
『そんな場所ない』
『あんな大きいものは収納できない』
………勢いよく言ったのに、2人に却下された。
「じゃあ結界みたいに一定空間から外に攻撃の被害が出来ないようにして!」
私の言葉に精霊達は沈黙した。
これも無理か。
「取りあえず、無駄かもしれないけど木精霊! 植物拘束!!」
木精霊が黒い龍の身体を蔦で拘束していく。
ぎっちぎちに縛られた黒い龍はもがく。
プチッと数本切れるが、そこを補強するように次から次へと蔦が絡みついていく。
よし。
これで少しは持ちこたえられる。
「どうすれば…」
『………主、契約者を腹から引き剥がせないか』
「え…」
頭の中に響いた言葉に、私はパチパチと瞬きする。
『………それ、私がやる――んだよね…』
『………すまない。我らが殺気をもって人間に近づけば、人間を殺すことになりかねない』
こんな状況で殺気を抑えて、なんて出来るわけないよね…
彼らがアマリリスとアマリリスの精霊に近づけただけでも上出来なのに。
彼らの顔は苦痛に満ちている。
近づきたくないと思った、と言っていたことは本当のようだ。
究極精霊さえ近づきたくないと思わせる原因。
考えられることは、ただ1つ。
呪いの道具のせい。
あの道具が一体何なのか…
嫌な予感がする。
一刻も早く解決しなければ。
人のためにも精霊のためにも。
恐怖に怯えている暇なんかないっ。
「ライト! カゲロウ!」
私は短剣でドレスを切り裂く。
「姫様!!」
ソフィーが真っ青になるけど、気にしない。
膝上まで足が出るようにした。
だって走りにくいから。
「一緒に来て! ヒューバート、アルバートは地上で援護して! オーフェスとジェラルドは火精霊に乗って空中で援護!」
「何をするつもりですかソフィア様!!」
私の周りに集まっていた護衛達に言い放つ。
ヒューバートが私に手を伸ばすが、私はそのまま黒い龍に向かって走った。
素早く後に続くライトとカゲロウの気配を背後に感じながら。
「風精霊! 飛ばして!」
風精霊が私と影2人を風で一気に黒い龍のお腹に向かって飛ばした。
………まったく…私は普通の女の子だったのに!
こんな波瀾万丈な人生望んでなかったわよ!!
ますます淑女から外れていってるじゃない!!
恨むわよアマリリス元男爵令嬢!!
ヒロインならヒロインらしく、か弱い女の子演じてなさいよ!!
私達の身体は黒い龍の中へ飲み込まれた。




