第190話 事態は深刻でした①
バタンッと勢いよく私の部屋の扉が開かれた。
血相を変えたラファエルとライトが入ってくる。
「ソフィア! 話はライトから聞いた! でも――」
「ラファエルは動けないの知ってる。今国民が落ち着かないこの国からラファエルがいなくなるわけにはいかないのも、サンチェス国にラファエルが行くなら、面倒くさい手続きが必要なのも。だから、私が行かなきゃならないっていう報告と、私の護衛は連れて行くって事だけ把握して」
「だがソフィアだけ行かせるわけには! 精霊の力を使えるのはソフィアと俺だけだ!」
「それも分かってるけど、サンチェス国で精霊に暴れられたら困るの。サンチェス国に何かあれば全ての国の食がなくなってしまう」
「っ……」
サンチェス国は世界の食の殆どを担っている。
それに私の生まれた国だ。
なくすわけにはいかない。
お父様の精霊も当てにはならない。
サンチェス国の精霊は農業に関する精霊で、戦闘向きではないと想像つく。
「………分かって、ラファエル」
「分かってる! でも、感情は別だ…」
「うん。絶対帰ってくるから」
「………」
私の言葉にラファエルは唇を噛みしめ、私を抱きしめた。
「………きっとだよ」
「うん」
不安げなラファエルに頷き、離れようとした時に唇を奪われる。
「あ、こら!!」
お兄様が怒るけど、ラファエルは知らぬふりで私の額にも唇を落とす。
「………イヴとダークはここに置いていく。何かあれば伝言しろ」
「分かった」
苦々しい表情でお兄様が言い、ラファエルは頷く。
「火精霊お願い」
私が呼ぶと、窓の外に2人は乗れるだろう炎の鳥が5匹現れた。
速度重視で分裂したらしい。
………そんな事も出来るのね。
私とお兄様。
ライトとカゲロウ。
お兄様の影2人。
ヒューバートとアルバート。
オーフェスとジェラルド。
計5組に分かれ乗り込んだ。
「行ってきます」
「………ああ」
ラファエルに別れを告げ、火精霊は一瞬で雲の上まで上昇し、サンチェス国まで最速で飛んでくれる。
勿論、風精霊の風で全員の身体を固定し、呼吸も出来るようにしている。
「ちょっと。結婚するまでは清い関係でいろって言ったよね?」
後ろから不機嫌オーラが…
「それは婚約解消の可能性があるから、だったでしょ? 今はもう借金返済しているし、その心配はないでしょう?」
「分からないだろ? ラファエル殿が別の者に惚れたり、お前が別の者に惚れたり」
「ちょっと!? お兄様が言うとシャレにならないからやめてくれる!? ただでさえラファエルに惚れる人が多いんだから!! ラファエルがもしそうなったらちゃんと戻ってくるように努力するもん!!」
「………」
「な、なに……?」
振り返って文句を言うと、お兄様が珍しいものを見たという風な顔で私を見ている。
「へぇ」
「な、なんなのよ」
「いや。成長したなと思ってな」
「??」
私が首を傾げると、お兄様が頭を撫でてくる。
「うわっ!? ちょ、なんなの!?」
「前までのお前なら、それはしょうがないってラファエル殿を諦めてただろう」
「………」
「王族だから王女だからと諦めないといけないことも多かったもんな。お前は諦める事が当たり前になってたから心配だったんだよ。そうやって執着できるもんどんどん増やせ」
「………お兄様……」
私はジーンと感動――していなかった。
「そのラファエルと離れることになったのはさっさと今回の件をお兄様が私に言ってくれなかったからでしょ!? なんでランドルフ国の精霊契約問題を正したすぐ後に言ってくれなかったの!! 呑気に温泉に入っている場合じゃなかったでしょ!? その間にラファエルの入国許可出るように手配できたかもしれないのに!!」
王族が他の国へ入国するためには一般人より厄介な手続きが必要で、時間がかかる。
私みたいに自国へ帰るときは問題ないのだけれど…
その私が他国の騎士を連れ帰ることにも問題はない。
少人数であれば、だけれど。
同盟国の騎士が私の護衛として入国する事も、手続きが簡易になる。
だから私の騎士全員連れて来られたのだけれど。
「………」
「………お兄様、完全に忘れてたのね!?」
ついっと視線を背けるお兄様に私はため息をつく。
「手紙ででも先に知らせてくれてれば良かったのに…力がどんどん強くなっていってるなら、私の力でどうにかなるか分からないよ…?」
「すまない」
「サンチェス国に影響が出る前になんとかしないと…ついたら私は――」
言いかけたとき、ドンッという爆音が響いてきた。
ハッとして前方を見ると、もう視線の先にサンチェス国の王宮が見えていた。
そこから黒い煙がもくもくと立ち上っている。
「あの位置は牢獄だ!」
「お兄様はお兄様の影とお父様とお母様の安否確認に向かって! 王宮への被害もね!」
幸い、王都など民に被害が出る方向じゃない。
「ソフィアは!?」
「私は元凶を止めなきゃでしょ!」
煙が上がっている場所はどんどん広範囲に及び、王宮の裏手の森の方へ進んでいく。
あんな事、普通の人間が出来るはずがない。
あの煙は、精霊の力に似ている。
「多分アマリリスが脱獄してる! 拘束しないと!」
「分かった。気をつけろよ…?」
「うん」
お兄様が影の乗る火精霊の分身体に飛び移ったのを確認して、私は私の護衛達と共に元凶の元へと向かった。




