第19話 本音を語りましょう
「………ラファエル様って……」
「ラファエル」
「………ぇ」
「呼び捨て希望する」
私をソファーに座るよう促して、ラファエルはその座った私の前に膝をつく。
そして嬉しそうに言った。
………ぅぅっ。
その顔に弱いって分かってて言ってるでしょ絶対!!
顔が赤くなるってば!!
そんな私を見て楽しそう。
もう!
「ら、ラファエル……」
「ん。なに?」
そんな愛おしそうな目で私を見ないで!!
顔の熱で溶けそう!!
「………そ、そんなに私の口調……嬉しいの…?」
「ああ、嬉しいよ。だって、ソフィアは俺と距離取ってただろ。王女という仮面かぶって」
「――っ」
スッとあの笑ってない目を向けられた。
一瞬で表情を変えるラファエルに息を飲む。
「ソフィアの表情は俺を好きだと言っているのに、態度は距離を保っていた。………俺が気づかないとでも思った? どれだけソフィアを見続けてきたと思ってるんだ? 留学の時は短かったけど時間がある限り、ソフィアを見ていたんだ。そして俺も王族だ。作ってるかそうでないかなんて、見れば分かる」
「………」
そっとラファエルが黙り込む私の頬に手を添えた。
「なんで? 距離を保たなければいけない理由がある? 俺はソフィアが好きで、ソフィアも俺が好きだろう? なのに何故俺に近づいてきてくれない? 気持ちも何もかも、何故俺にくれないんだ? 好きだと言ってくれない理由は?」
「………そ、れは……」
何もかもバレている。
私の心がラファエルに向いていることも。
距離を取っていたことも。
私が気づいて欲しくなかった事全て。
どうしてだろう。
どうしてラファエルは私に踏み込んでくるんだろう。
距離を縮めないで欲しいのに。
………分かってる。
私は弱い人間だ。
自分に自信が無い。
顔も、性格も、良くないから。
王女としての一般的な美しさも、可憐さもない。
更に前世の記憶を持った私は、もう庶民感情が主になっている。
上に立てる人間の器でもない。
虚勢をはって、さっきみたいに王女としての振る舞いは出来る。
けど、それは一時的なもので、継続なんて無理だ。
ラファエルに相応しくない。
分かっているのに、彼に別れを告げられるまで今の現状でいたいなんて、私の我が儘でしかない。
彼を束縛なんてしたくない。
醜い心なんて見られたくない。
無様に離れないでと泣いて頼む女に成り下がりたくない。
なら何故自分から別れを告げないのか。
それは彼が好きだからに他ならない。
相応しくなくても、無様でも、醜くても、傍にいたい。
思いも告げずにそう願う私は、卑怯者だ。
「なんで黙る? 俺には本音を話せないって事か? そんなに俺は頼りないか?」
「………ち、がう……」
声を出したら、涙が出てきた。
やめて……
出ないで…
泣いたら、涙でラファエルの気を引く卑怯な女になってしまう。
涙で男を味方に付けるような……前世でよく見てきたぶりっ子みたいな…そんな女になりたくない。
必死で涙を堪える。
私は、ちゃんと自分の言葉だけで、話したいのだ。
言葉以外の武器は、要らない。
涙は、邪魔だ。
強く思えば、涙は止まった。
「違うなら、教えてくれ」
「………私は、自分に自信がありません」
そう言ってしまえば、腹はくくれた。
本音を話そう。
それでラファエルが離れていくのなら、私にラファエルの婚約者という肩書きは、分不相応だったということ。
もう、私は彼を愛してしまっている。
本人にもバレていることを隠しても、何にもならない。
ソフィア・サンチェスという一人の女として、話そう。
王女の仮面は脱ぎ捨てて。
「王女として…父の娘であるということを自覚し、見本となる振る舞いをしなければならないと、教えられてきたわ……。必死に努力して王女を作り上げた。………でも、私は女性としての美しさや可愛さを持ってない……」
「そんな事ない。ソフィアは可愛い」
キッパリ言ってくれるラファエルに、私は泣き笑いみたいな表情をしてしまった。
「………ラファエルの言葉に、私は救われた……婚約者が出来ないことも、苦しかった。王女としての役割を果たせない私は、利用価値が何もないのだと。だったら一生独身を貫いて、王宮の情報を集めながら、せめて民のために尽くせる私でいようと。………でも、そんな私をラファエルは見つけてくれた……」
ギュッと手を握りしめる。
「私を可愛いと言ってくれる。好きだと言ってくれる。………どんどんラファエルに惹かれていった……誰にも好かれないと思っていた私が、ラファエルみたいに格好良い男の人に好かれるなんて夢みたいで……」
「夢じゃない」
「………私、怖いの」
「怖い?」
「だってラファエルはモテるでしょ? 私なんかよりもっと良い娘がいるし! 私なんか好きになってもラファエルが得する事ないだろうし! もし他の人が好きになったから別れようって言われたらすぐに別れられるように――!」
私の言葉は途中で途切れた。
ラファエルに口づけされたから。
「ちょっ――!」
話の途中、と言いたかったけれど、ラファエルは離してくれなかった。
解放されたのは、私のラファエルを押す手の力が抜けた頃。
その時にはもう、私は体に力を入れられなかった。
これが良く聞く、力が入らないというものなのだろうか、と頭の隅で思った。
「ソフィアは俺がソフィアを解放するとでも思ってたのか?」
「………ぇ……」
「まぁ、正直留学後に戻ってきて言い寄られたことは何度かある。俺の立場を知らない平民からだけど」
ラファエルの言葉に体が硬直する。
「でも、ソフィア以外には興味が無かった」
「………どういう…」
「言っただろ? 俺は王女のソフィアを見続けて、平民のソフィアに恋した。二つ合わさって求婚したと」
「………ぁ……」
「そんなの、ソフィアしか持ってないだろ。それに、俺はここにソフィアを連れてきてから、ソフィアしか目に入ってないんだぞ? 他の女に目がいかない。ソフィアの影にも嫉妬するって言っただろ」
ラファエルの言葉にカァッと顔が赤くなる。
「で、も、私、元々王女らしくないし、それが分かったら捨てられるって……」
「そんなのきっかけだろ。そんな事で俺がソフィアを捨てるって? どれだけ信用されてないの」
「………ご、ごめんなさい……」
俯く私に、ラファエルは強引に視線を合わせてくる。
「じゃあ、これ聞いたら安心するか?」
「………?」
「俺の初恋はソフィアで、キスしたのもソフィアが初めてだ」
その言葉に、一瞬時が止まったように感じた。
「………………………えええええ!?!?」
「驚きすぎ」
「絶対嘘だ!! そ、その顔であり得ない!!」
「顔は関係ないだろ!! そもそも俺も今まで婚約者なんかいなかったんだ!」
ラファエルが顔を真っ赤にして言う。
「婚約者はいなくても恋人はいたでしょ!?」
「いない! 平民王子は見向きもされないんだ!!」
ラファエルの言葉に、私は侍女達の評価を思い出した。
確かにあの評価では近づく令嬢もいなかっただろう。
「………はぁ……ソフィア…」
「ぇ……ぁ、何……?」
「別れる心配はしなくて良い。――“必ずソフィアを貰う”」
「………ぁ……」
「………ごめん。あの時ちゃんと返してやれば良かったな」
ラファエルの言葉に涙が溢れた。
泣かないと必死で堪えた涙が……
《………私を必ず貰ってくれると約束してくれますか?》
国境近くの森小屋で、私が彼に問いかけた言葉。
その返事が今、告げられた。
彼に確約の言葉を貰った。
その事実が、私の涙腺を緩めた。
止まることない涙に顔を覆うと、ラファエルがそっと抱きしめてくれる。
温かい彼の体温が、私を安心させる。
「………ラファエル……大好きです…大好きっ」
私の唇から自然ともれた言葉。
その言葉を聞いて、ラファエルが私を抱きしめる力を強めた。
それによって私は更にラファエルに密着することになった。
「俺も、愛している」
耳元で囁かれたラファエルの言葉は、少し震えていた。




