第189話 もう1人の私
「そういえばソフィアに報告が1点ある」
「何?」
お兄様にアイデアを渡して、お兄様が少し満足げにくつろいでいたときに思い出した様に切り出された。
「あの香水臭い平民なんだけど」
「………ん?」
何故お兄様から平民の話が…?
と首を傾げる。
香水臭い平民って…
「………ああ、アマリリス? 元男爵令嬢」
「ああ、ソレ」
………お兄様までラファエルみたいな風に呼ぶ…
「親父が言ってたことで俺が見たわけじゃないけど、先にこっちに来るならソフィアの耳に入れておいた方がいいと思って」
「うん」
「あの女が契約していた精霊、普通じゃないってさ」
「………普通じゃ、ない…?」
「ああ。サンチェス国の究極精霊、つまり親父の精霊では強制契約解除が出来ないらしい」
私は思わずソフィーと顔を見合わせる。
視界に映ったヒューバートとイヴも表情が硬い。
国民が罪を犯したなら、その者が籍を置いている国の王族が処分する決まりだ。
そしてアマリリスが精霊と契約しており、その精霊も罪を犯しているならば精霊との解除が必要になるし、ランドルフ国と違って他の国は王だけが精霊と契約することになっていると聞いた。
それに基づくならアマリリスの精霊解除は当然だ。
けれど、究極精霊の力を使ってでもその契約が解除出来ないなら、確かに普通じゃない。
「俺は既にソフィアが契約者と知った後だった」
無意識に身体がビクッと反応する。
まさか、お父様にも知られているのか、と。
「大丈夫。ラファエル殿に精霊の件を打診するまではと、口を噤んだから」
「え……」
「この国は自然の精霊だから、ランドルフ国在中の王族なら契約できる。そう決まった後ならソフィアが契約してても可笑しくない、と親父に言っても問題ないだろ?」
「あ、ありがとう…」
お兄様に気をつかせてしまっていた。
申し訳ない…
「ううん。で、親父曰く――あの精霊は闇の精霊だろうということだった。親父の精霊が多分伝えたんだと思う」
「………闇…」
「人の心を狂わせ、自分の契約している人物の利益になることをする。……あの傍若無人な行動は全て精霊がいたからできた事だ」
「………はい」
まだ私は精霊が見えなかったから、アマリリスがどんな精霊と契約していたかは知らない。
………そもそも何故アマリリスは精霊と契約できたのだろう。
………転生者だから……?
同じ転生者だから、他人とは思えない部分はある。
彼女の立場なら、私も同じ事をしていた可能性がある。
いわばもう1人の私――っていうことになるのかもしれない…
『そんな事はありません』
『………ソフィー?』
『姫様はあのような事をなさいません』
『………うん。ソフィーが私に命をくれて、王族にしてくれたからね。でも、アマリリスの様に男爵令嬢になっていたら、私は今ここにいない』
『姫様…』
今私がここにいるのは、私より上の階級の人は王と王妃以外におらず、更にラファエルに見つけてもらえたから。
ラファエルが見つけたのが、ちゃんと良識ある振る舞いが出来るアマリリスなら、彼女がここにいたかもしれない。
他の令嬢だったかもしれない。
そうなっていればどうなったのだろうか、と考えずにはいられない。
現状が全てだと分かってはいる。
けれど同じ転生者として、ああなる前に手を差し伸べられなかっただろうか。
彼女が事前に転生者と分かっていたのなら、何か出来たのではないか。
過ぎ去った時間は元には戻らないけれど、彼女はもう1人の自分、と考えなければならないのではないか。
「でね」
考え込んでいた私の思考を止めるかのように、お兄様が口を開いた。
「ソフィア、闇の究極精霊と契約してるでしょ。もし許可してくれるなら、闇の究極精霊にサンチェス国の罪人のところに飛んでくれないかと願ってくれ、という相談なんだ」
「………闇精霊を…」
「闇の究極精霊なら、あの罪人の精霊を引き剥がせるのではないか、と思うんだけど」
「………」
私は瞳を閉じた。
『闇精霊、出来る?』
『………出来ないことはないだろう。が、その為には主にも来てもらわなければならない』
『力を使うなら私もその場にいなければならないものね…』
『ああ』
ソッと瞳を開ける。
予想はしてたけど、ラファエルになんて言おう…
アマリリスに会うのはいい顔しないだろうし…
『………だが…』
『何?』
『あの者が使っていた力は特殊だ……と感じた。まだ主と契約していない時であり、我らが“近づきたくない”と思わせた者でもある。だから遠くから見てただけの印象だが……』
『………特殊?』
それに、究極精霊が近づきたくないと思うなんて…
ゾクリと身体に悪寒が走った。
何かとんでもないことが、アマリリスに――精霊に起きている…!
『ただの精霊は人の心を惑わす力など持たぬ。我らは人との共存を望む。共存と強制は違う。我らも同等な操る術は使えるが、我ら自身が禁術とし使用はしない。それをすれば最後、我らは人といられない。そして世界の秩序を乱す行為――確かに我らは自然を操るが、長時間力を使うことは出来ない。一時的な解決、の力の行使のみ。他の国の精霊もそれは変わらない。これは世界が作ったルール。我ら自身が定めたルール、そして世界のルールは守られるべきもの』
闇精霊の言葉に私は頷く。
それを見てお兄様が怪訝な顔をした。
………やっぱり神様は存在するのだろうか。
このランドルフ国の立地に対して彼らが何も動いていないのだから、それはしてはいけないんだろなと思っていた。
っと、それは置いておいて…
『………闇の精霊が何かに歪められているのかもしれぬ』
『………歪められている…?』
『稀に力を強制的に使わされ、精神や力の性質が歪むことがある。精霊は気に入った人間につくが、望まぬ力を出さされ続ければ人格は勿論性質も歪む。当然、理など無視して力を使う。分別も分からなくなる。我らの言葉も聞かぬ』
『ちょっと待って。精霊側から人間を見限って強制的に離れることも出来――』
言葉を発している最中に、私はハッとした。
「まさか!!」
ガタンッと勢いよくソファーから立ち上がる。
「ソフィア!?」
お兄様が今まで沈黙していたはずの私が、急に焦って立ち上がったから驚いている。
『――呪いの装飾品が使われている可能性がある。その気配を察したら我らは強制的に引き剥がしていたが、あの者の精霊からは何も感じなかった。あの者自身が我らを近づけない何かを――気付かせない何かを所持していたのかもしれぬ。だから近づけなかった可能性があると思った。主の力を貸してくれ。我ら究極精霊を複数所持している主なら、あの者に――精霊に近づけるだろう。我らも主と契約した今なら近づける気がする』
「ライト!! カゲロウ!!」
ザッと2人が私の傍に降りてくる。
「侯爵家の資料の中に呪いの物はなかった!?」
ライトがサッと何処からか紙を出してババッと捲っていく。
証拠の写しだろうか。
「これです」
奪い取るように紙を受け取り、私は目を通した。
「侯爵が所持してたこの呪いに関する装飾品の数は一致した!?」
「1つ行方不明で婚約者様の影が未だに屋敷を捜索しているはずですが」
「それよ! 急いでラファエルに伝えて! お兄様とサンチェス国に一刻も早く行く必要があるって!」
ライトが一瞬で姿を消す。
迂闊だった!
私も証拠に目を通しておくんだった!
その時に究極精霊がアマリリスの事を思い出して、私に教えてくれてたかもしれないのに!
「お兄様、荷物は最小限でいい! 半日もかからない! 準備して!」
「分かった!」
私が焦っているのを見て、お兄様は何も聞かずに部屋を飛び出していく。
「ヒューバートも! 私の3人の護衛を呼んできて! 騎士の格好だけでいい! 荷物は要らない! 貴方も行くんだから最低限は動けるように心得て!」
「はい!」
ヒューバートも飛び出していく。
「ソフィーはサンチェス国製の王女のドレス用意して!」
「はい!」
ソフィーも衣装部屋へ走って行く。
「フィーアごめん、留守は頼んだ」
「お任せください」
「イヴはお兄様に従って。ダークも」
「しかし」
「私に忠誠を誓っていない影は要らない!」
「っ…」
私はソフィーが用意してくれるドレスを待つ間に寝室に駆け込んで、今着ている簡易ドレスを脱ぎ捨てる。
キツいことを言ってしまったけれど、私に万が一があった際、忠誠を誓っていないのに私を庇って死んでもらっては困る。
お兄様に申し訳なくなるし、忠誠をもらってない影の死まで背負えない。
私はそんなに強くない。
「姫様!」
ソフィーがドレスを持ってきて私に着せてくれる。
そして私はそれぞれが戻ってくるまで、心を落ち着かせて待つ。
『火精霊……お願いね』
『サンチェス国までなら容易い』
精霊の力は集中力が大事。
手を組み集中しながら、そして早く皆来て、と思いながら私は窓際に立った。




