第181話 サンチェス国王太子
「え、お兄様が?」
「はい。今ラファエル様が応対しております」
ソフィーがベッドに寝ている私に報告してきた。
あれから私はベッドから出ないようにと言われ早2日。
気を失ったあと小一時間で目を覚ましたけれど、医者とラファエルと何故か半泣き状態のソフィーから、動くの禁止令が出されていた。
ソフィーの報告を聞いて、ゆっくりと上半身を起こした。
「………会うわ。出迎えを――」
「その必要はないよソフィア」
私の言葉を遮って、寝室の扉を勝手に開けて入ってくるお兄様。
久しぶりに見たけれど、相変わらずのイケメン!!
王妃のいいとこどり王太子めっ!
っとそうじゃなかった。
なんで勝手に入ってくるのよー!
ラファエルもなんで止めな……あれ、ラファエルいない。
後から来るの……?
案内なしでどうやってお兄様はここまで入ってきたのだろうか…
「………お兄様、一応ここは淑女の寝室ですわ…」
「え? ここに淑女っているの?」
お兄様の言葉にむぅっと頬を膨らませる。
「いますわここに!!」
「お転婆王女は淑女とは言わない。自分から首を突っ込んで無茶して倒れて。自業自得でしょ」
「………ぇ…」
何故、お兄様が知って……
お兄様が扉からこちらへ足を進め、そのすぐ後からイヴとダークが入ってきた。
………ぁぁ……
私はすぐに納得した。
彼らはお兄様の影だった、と。
「ソフィア」
「………」
ベッド脇に立たれ、私はゆっくりと目を閉じた。
その瞬間、頬に熱が走った。
ばちんっという音と共に。
「レオポルド様っ!!」
慌ててソフィーが間に入ってくるが、私は手でソフィーの身体を押す。
「姫様…」
「………いい。大丈夫」
「ですが…」
ジンジン痛む頬。
多少手加減してくれているみたいだけど、数分後には赤く腫れ上がるだろう。
「………全て、ご存じなのですね」
「ああ」
「………信じられない話を彼らから聞いたはずですが、全てご納得なさっているのですね」
「ああ」
お兄様の表情は変わらない。
そこに疑問も疑惑もない。
いつも通り――いや、王太子の顔だった。
「………見たことがないのに、信じられるのですか?」
「父から聞いているからね」
「え……」
「その話はラファエル殿も交えてしよう。服を着替えておいで」
お兄様は寝室から出て行った。
イヴとダークを引き連れて。
「………良かった…」
「………姫様…?」
「彼らの事は信頼してるけど、信じなくて良かった」
「!!」
ソフィーの表情を見ないようにソッと瞳を閉じた。
………私からの食事を受け取らなかった時点で、何処かで分かっていたんだと思う。
ショックは受けていなかった。
逆に安心してしまった。
自分の直感は間違っていなかった、と。
影は信頼できる。
指示した仕事に関しては。
けれど信用できるかと聞かれれば答えはNOだ。
だって彼らは自分の主君は自分で決め、それを一生守る。
ライトとカゲロウのように最初から私を主君として仕えてくれていたわけじゃないから。
彼らはお兄様のモノだ。
彼らの忠誠はお兄様に。
影がホイホイ主君を代えていいわけがない。
逆にホッとしてしまう。
イヴとダークが信頼できる影で、と。
2人はお兄様を決して裏切らないだろう。
逆に2人がもう私に忠誠を誓っていると言えば、即ライトとカゲロウに2人を始末してもらっただろう。
そして彼らがお兄様の影だと改めて分かったところで、当然私の状況は全てお兄様の元へ届いていると気付く。
自分の影だと心から思わなくて良かった。
彼らはいずれお兄様に返さなくては。
その為には、私はお兄様から信用してもらわなければならない。
ソフィーに着替えを用意してもらい、着替える。
「………姫様、少し頬を冷やされては…」
「大丈夫。それよりお兄様をお待たせしては――ごめんねソフィー。私が迂闊だったせいで貴女の正体もきっとお兄様は知っているわ。……本当の妹は――」
「わたくしはソフィーです姫様」
真っ直ぐにソフィーに言われ、私は暫くソフィーを見ていたけれどソッと目を閉じた。
次に開いた時にはもう迷わなかった。
「そうね。行きましょうソフィー」
「はい」
私はソフィーと共に寝室から出た。
お兄様はソファーに座ってフィーアが煎れたお茶を飲んでいた。
ラファエルも私が着替えているうちに来たらしく、向かいに座っていた。
壁際にはルイスとナルサスとヒューバートが立っている。
「すみません、お待たせ致しました」
「急かしたわけじゃないよ。お座り」
「はい」
私はラファエルの隣に座った。
「さて、ソフィアが無茶した事は本来許されることじゃないんだよ。でも究極精霊との契約者だからソフィアが出る必要があったのは分かる。だからソフィアが倒れたことは仕方ない。けれどその後の行動に俺は怒ってるんだよソフィア。貴族の私的我が儘にお前が従うとはどういう事」
お兄様の言葉に私は暫く考え、マーガレット達との面会のことだろうと思い当たった。
「申し訳ございません。自分では大丈夫だと思っていたのですが、早かったようで…」
「………はぁ。それがソフィアだから仕方ないけどね」
「………落ち着いてますねレオポルド殿。精霊など信じる人とは思えませんが」
………ラファエルがちょっと不機嫌…?
首を傾げると、ラファエルの視線がチラッと私の頬に向いた。
………ぁ……
赤くなってるかな…
「っていうか、多分これ知らないのはランドルフ国の王家だけだと思うけど」
お兄様がお茶に口をつけながら前置きをする。
「この国以外に精霊がいないとでも思う? ランドルフ国でしか精霊が生まれないとでも? なんで1国だけが特別な力があると思っているのかこっちからしてみれば不思議だよ」
………ぇ…
私はバッとソフィーを見る。
けれどソフィーは何も知らないと顔で語り、驚いた表情でふるふると首を横に振る。
イヴとダークに視線を向けると、彼らも首を横に振る。
ど、どういう事…?
ラファエルも目を見開いている。
「ラファエル殿も見たと思うけど、サンチェス国でも精霊はいたよね?」
「い、いましたが、誰も見えている素振りは……」
「そりゃそうだよ。王家――というか王と、次期王…つまり王太子にしか伝わらない極秘のことだからね。精霊の存在は」
「何故……」
「この世界にはいくつかの国があり、それぞれに特徴がある。例えば俺とソフィアの国サンチェス国は農産業。テイラー国は被服類。カイヨウ国は宝石。それは知っているな?」
お兄様の言葉にコクンと頷く。
「それぞれの国にはソフィアと契約しているような究極精霊がいて、王と契約をしている。これはこの世界が出来てからずっと続いている制度のようで、国を治める王にずっとその国の特製を保っていられるように、王と契約し特産物が絶えてしまわぬようにしている。王が世代交代すれば次の世代の者と契約をし直し国を守っている。ちなみにサンチェス国の究極精霊は農精霊って言うらしいよ。植物や食物の成長を促し、食物が一番良い土に出来、枯れるのを防ぐそうだ。テイラー国とカイヨウ国もその国特産に関する精霊だろう」
ぽかんっと、間抜けな表情を晒してしまっている自覚はある。
でも、驚きを通り越して唖然とした。
………ということは…すでに世代交代の準備を始めているお兄様は……精霊の存在を知っていた…?
「じゃ、じゃあ……どうしてランドルフ王家は知らないの…?」
「ランドルフ国は気候が厳しく大した特産もない。他の国は気候が良かったり、近くから何か取れたりしていたけれど、テイラー国のように何かを作り出すことは容易に出来なかったそうだよ。万年雪が降りとても人が住める場所ではなかった。何人もの人間がここの開拓をしようとして訪れ、けれど耐えられなかったらしい。凍死する人間が相次ぎ敬遠されていた。そこで各属性の精霊達が寄り集まって何か出来ないかと試行錯誤したらしい。少しずつ人が住めるように家を作り、道を作り、少しずつ人が訪れ国が出来ていったそうだ」
「………最初はここは国ではなかった……?」
「国の名前はあったらしいけど、誰がつけたかは分からない。そのうち何処かの国の王族の流刑地になったそうで、そこでランドルフ国王が誕生したことが始まりだって伝わってる」
「………流刑」
………犯罪者がランドルフ国の始まりの王って事…?
この国の王が誕生したのが世界が出来てから時間が経っており、通常王が知っていることを知らなかった…?
「ああ、罪人となりこの地に追いやられたようだけど、それは濡れ衣。王の座を巡っての争いの際に濡れ衣を着せられて争いに負けた。その者は善人で陥れやすかったのだろう。そしてこの地に来た際、この地の者をまとめ上げ機械技術を編み出したらしいよ」
「………なら良かった」
「けれど、機械は1度作り出したら壊れるまで新しいのは必要ないから、他国に売っても数が売れるわけではない。苦しい生活には変わりなかったらしい。そこで精霊は王だけでなく国民全てと契約することで他の策はないか考え始めた、という事でランドルフ国の庶民まで契約できる今の状態になったらしいよ」
「………なるほど……他の国は王と契約している究極精霊で事足りただけの話……ってことね。ランドルフ国みたいに立地が悪いわけじゃなかったから…」
「正解。究極精霊が王と契約している以上、下位の精霊も王の命令を聞く。正確には王の命令を究極精霊が聞き届けた際、究極精霊が下位の精霊を動かす。もちろん、何でもかんでも言うことを聞くわけじゃないけどね。あくまで国を治める対等な立場」
お兄様の説明を聞いて私はホッと息をつき、少し肩の力が抜けた気がした。
長くなったので一旦ここで切ります。




