第177話 怪我の功名はありません
ずごごごごっ
といったような効果音が出ていそうな程、空気が淀んでいた。
私は居心地が悪い。
気まずいまま、お茶のカップに口付けた。
「………ソフィア」
「は、はい!!」
名前を呼ばれてすぐさま私はカップを戻し、背筋をピンと伸ばした。
「………貴女はよほどわたくしを心配させたいらしいわね?」
ニッコリ笑って見られる。
その視線を受けた私の身体に悪寒が走った。
「ルイス様からお話を聞いたときに、わたくしは心臓が止まるかと思いましたわ」
「ご、ごめんなさい」
笑顔を絶やさず、私を見つめるのはローズだ。
事情も説明しないまま今に至るから、ローズが知ったときは既に全てが終わった後で…
「ソフィアが究極精霊と契約していたこともルイス様からお聞きしました。何故わたくしは親友の貴女からではなく、第三者から話を聞かなければならないのでしょうか?」
「そ、それは…精霊はランドルフ国独自の事だから、あまり吹聴するのもどうかと思いまして…」
「わたくしも授業を受けていますのよ。存在自体は見たことはありませんけれど、知っています」
「で、でも…一般的には中までで、究極精霊の存在など今の国民の認識には遠い過去の存在であって…あまり吹聴したくなかったのです。新たな火種になりやすいですし、知っている人間は少ない方がいいです。ローズは精霊と契約しておりませんし、精霊のことをお伝えしても身を守る術がありませんから…」
「そうですか」
ひやりとした空気になる。
うぁぁ…
お、怒らせた…?
「ま、それは仕方ないわね」
「え…」
空気が一変して穏やかになった。
ローズに何が起きたの…?
「ソフィアがわたくしに罪悪感を持って謝るだけなら許さなかったけど、ちゃんと国のために意見したから許してあげるわ」
………どういう事だろうか…
………まぁ、納得してくれたならよかった……のかな?
「それにしても1日であの身体を回復させるとは、つくづくソフィアは王女らしくないわね」
「あ、はは…」
薬を飲んで翌朝目が覚めたら身体の疲れも痛みもなくなってました…
今花に囲まれた庭でローズとお茶しながら来客を待っていた。
勿論ここまで自分で歩いてこられましたとも。
………精霊が回復してくれたのかな?
「今度の学園の休みに、精霊の力を見せてくれる?」
「え?」
「だって見てみたいじゃない。何もないところから水とか氷とか出せるんでしょう?」
「あ、あんまり見せびらかすものじゃ…」
「いいじゃない。わたくしは見たことないんだから」
「ん~……じゃあ皆がいいって言ったらね。ダメだったらソフィーに見せてもらえるよう言ってみる」
「ソフィー?」
首を傾げるローズに、私はあっと気付いた。
ソフィーが精霊だって事は知らされてないんだね。
「ソフィーは侍女だけど、精霊だから。全部の属性使えるって言ってたし、私もよく髪を乾かすのとか風の力でやってくれてるの」
「ホントに!? じゃあ、ソフィーに頼みましょ。究極精霊に頼むよりは気軽に願えるんでしょう?」
「うん、じゃあお風呂上がりの時に見る? それなら日常茶飯事だから」
「いいの? ありがとう」
嬉しそうに笑うローズ。
やっぱり精霊には興味でるよね。
「あ、ソフィア。マーガレット嬢とスティーヴン殿が来られたみたいよ」
「え?」
ローズの視線を辿ると、ラファエルに連れられて2人がこちらに歩いてくる。
その後ろからソフィーがお茶を運んでくるのも見えた。
「ラファエル様」
「ソフィア、身体は大丈夫?」
「はい、大丈夫です。もうすっかりいつも通りですよ」
「折角私がお世話しようと思ってたのにな」
………仕事して。
心の中で言いながら、私はマーガレット達に視線を向ける。
「ようこそおいでくださいました。こちらへどうぞ」
私は空いている席に促す。
「ソフィア、私にも言って欲しかったな…」
「あら、ラファエル様はもうお座りになるところではないですか」
クスクス笑うと、ラファエルは苦笑する。
「これでもソフィアとの時間を確保するの大変なんだよ?」
「存じてますが、今ここにいらっしゃるのですから、少しゆっくり出来るのでしょう?」
「まったく…」
ラファエルが困ったように笑い、私の頭を撫でた。
「マーガレット嬢、スティーヴン殿、お身体は大丈夫でしたか?」
「わたくし達よりソフィア様です! もう大丈夫なのですか!?」
身を乗り出すように問うてきたマーガレットに私は笑って見返した。
「はい、この通り元気ですよ」
「そうですか…」
心底ホッとして椅子に座り直すマーガレット。
………本当にいい令嬢だよね…
ちゃんと親しくなりたいんだけど、この間のこともあるから一方的にだけど気まずい。
マーガレットは私と距離を置いてるんだもんね。
「………ラファエル様、発言しても?」
「いいよ。どうした?」
「………何故皆繕っているんでしょうか」
スティーヴンの言葉に、ローズ以外が固まった。
「スティーヴン!」
「いやだって、侯爵のところでお2人は普通に話していたじゃないか。もう知ってるんだし、作らなくても…」
「無礼にも程があるでしょう!?」
スティーヴンとマーガレットが喧嘩になりそうだ。
ラファエルと顔を見合わせると、同時に噴き出してしまう。
そのせいで2人が唖然とこちらを見たけれど。
「ごめんごめん。ついクセでね」
ラファエルが口を押さえながら、震える声で言った。
すぐに砕けてしまうラファエルの口調に少し眉を潜める。
「ラファエル様、失礼ですわ。お2人は貴族です。きちんと礼儀を――」
「“様”つけないでよソフィア。いつもつけてないでしょ」
「………ですからラファエル様…」
「ソフィア様、お願いいたします。わたくしはソフィア様と親しくなりたいんですもの。ありのままのソフィア様を是非見せて欲しいですわ」
マーガレットに言われ、私は戸惑い視線をさまよわせる。
………どうして…?
マーガレットは私と距離を置いているはずなのに……
ローズに助けを求めるように視線を向けるけれど、ローズは知らぬふりでカップに口をつけていた。
どうしろというのだろうか…
「………ま、そう焦らせないであげてマーガレット嬢。ソフィアは案外人見知りなんだ」
………いや、それはどういう反らし方なの…?
「そうですわね。ソフィアは社交的なようで案外臆病なの」
ローズまで!?
「そう…なのですか?」
「そうなんだよ。学園に居る時は堂々と誰よりも格好いいのに、王宮に戻ると可愛い女の子になって。そこがまたいいんだよね。毎日惚れ直しているよ。どうして俺の婚約者ってこんなに愛らしいんだろうね?」
「………ぇ…」
ラファエルの言葉を頭の中で反芻し、かぁぁっと頬が赤くなっていくのを感じた。
「まぁ…」
「………ベタ惚れかよ…」
マーガレットが恥ずかしそうに、でも羨ましそうにラファエルを見る。
スティーヴンがボソッと呟いた言葉は、多分私にしか聞こえていない。
「素敵ですわ。やはりお2人は出会うべきして出会われたのですね! お2人とも素晴らしい人ですもの! この国はもっとよくなるでしょうね。微力ながらわたくしお手伝いいたしますわ」
「俺も手伝いますよ。マーガレットがやるなら」
「ありがとう2人とも」
3人のやり取りに、私は少しの置いてきぼり感を感じ、ソッとお茶を飲んだ。
………ああ、これがもしかしてローズが言った臆病、ってことになるのかな?
私も含まれている話のようなのに、まるで蚊帳の外にいるように3人の空気感について行けない。
話そうと…割って入ろうと思えば出来るのだろうけれど、なんだかこの空気を壊してはいけない気がする。
私が入るとさっきみたいになりそうだし…
チラッとローズを見ると、ジッと見つめられていて私はたじろいだ。
「ソフィア、顔色悪くない?」
「え!?」
ローズの言葉に過敏に反応したのはラファエルで。
ガタンとラファエルが立ち上がって私の頬に手を当てた。
「ぇ……ぁ……なんともないけど…」
本当に身体は問題ない。
なのにラファエルが眉間にシワを寄せて私を見ている。
………ただ、今の言葉で舌が回りにくい事に違和感を感じた。
今まで普通に話をしていたのに。
何故か言葉がスムーズに出なかった。
「ホントだ。顔色が悪い。2人とも悪いけどソフィアを寝かせてくる」
「はい。ソフィア様、本調子ではない中面会してくださりありがとうございます。ゆっくりお休みください」
「ぇ……は、はい…」
突然のことに私は頷くしかなく、ラファエルに抱き上げられるままに部屋に戻る事になった。
………本当に、大丈夫だよ…?
そう思いながらラファエルを見上げると、ラファエルは険しい顔のまま王宮内を歩いて行く。
………ぇ……
ほ、本当に私の顔色が悪いの…?
自分の気がつかないうちに何か変化があったのだろうか…
「ソフィア、ダメじゃないか。調子が悪いなら悪いと言わないと」
「本当に…身体は大丈夫…何処も痛いところはないよ…」
「………本当に?」
「うん…」
説明してもラファエルは険しい顔のまま。
………どうして…
………もしかしてさっきの会話のせい…?
マーガレットに距離を置かれていると分かっていたはずなのに?
ラファエルとマーガレットが分かり合えているみたいに見えたから…?
私と違ってラファエルはスティーヴンと上手く友になれそうに見えたから…?
………気付かないうちに、嫉妬してたのかな…?
分からない。
でも、原因はそれぐらいしか――
「………ソフィア……?」
「………」
「ソフィア!?」
私はラファエルの腕の中で、自然に降りてくる瞼に逆らえなかった。
すごく……眠い……
「誰か!! すぐに医者を呼んでこい!!」
ラファエルの声が遠くなる中、私は意識を手放してしまった。
ソフィアの身体に一体何が……
次は前からの疑問が2つ程判明する予定。




