第168話 予想外でした
ラファエルと合流すべく私達は出来るだけ早く、でも暴走している精霊に見つからないように、私の精霊の力を使って辺りを警戒しながら進んでいた。
精霊の案内で、ラファエルの居場所は正確に分かったのだけれど…
「………なに、これ……」
間違いなくラファエルはここにいる、と言われたのに目の前には、木が折り重なって完全に塞がっていた。
「え……ま、さか……ラファエルはこの中に!?」
「姫! 落ち着いてください!」
「落ち着けるわけ無いでしょ!? この下にラファエルが生き埋めになってるなら早く助けないと!」
「あ! 姫様!!」
「え……」
カゲロウが私に手を伸ばす。
ハッと気がつくと、折り重なっている木の隙間から火の玉が飛んできていた。
瞬きする間もなく目前に迫った火の玉は、一瞬で四散する。
へたりとその場にへたり込んでしまう。
ずるずると地面に戻っていく土。
左右にライトとカゲロウ。
どうやら3人が守ってくれたようだった。
「あ、りが、とう…」
「怪我はない? 姫様」
「う、ん…」
心臓がばくばくと脈打っている。
息苦しい。
み、皆がいてくれて本当に助かる…
「………罠…?」
『いえ、王太子はこの木の下にいるのは間違いないでしょう。ただ…』
「………火の精霊も一緒に、いる…?」
『はい』
人質……?
え……でも、暴走しているから思考は出来ないんじゃ…
「………もしかして……誰かの命令で動いてる……?」
「その可能性はあるね。でなければ、ラファエルの上にこんな木が折り重なることないだろう」
「………火の精霊……ね……」
「ソフィア様?」
私は心の中で水精霊に呼びかける。
次の瞬間、木が倒れている中心部の下から、噴水のように水が垂直に上がった。
水圧で木は弾け飛び、中から水の中に囚われたラファエルと、水に弾かれた火の精霊が。
『水精霊! そのままラファエルを保護!』
『お任せを』
空中を漂っている水精霊の背まで水は伸び、水精霊にラファエルは保護された。
一瞬見えただけだったけれど、ラファエルの服はボロボロで、怪我もしているようだった。
意識はない。
「………さて…」
弾き飛ばされた火の精霊は、ギロッとこちらを睨みつける。
元は綺麗だっただろうに、顔が半分爛れ、痛々しくなっていた。
眼球が今にも取れそうなほど…
全身の皮膚も爛れ、ポタポタと一部が地面に落ちていく…
顔を背けたくなる程に、可哀想な姿だった。
あれは、呪いか何かだろうか…?
「あの精霊は契約している? 未契約?」
『契約済みの精霊です。契約者は――フィーリア・ロペス』
やってくれたわね。
また侯爵家か!
「闇精霊! フィーリア・ロペスの精霊を異空間拘束!!」
すぐに闇の力が火の精霊にまとわりつき、先程のように球体が出来上がった。
球体に飲み込まれるとき、もがいていたが1度捕まれば闇の力が絡みつき、脱出は不可能。
………本当に、究極精霊様々。
「………はぁ」
私は口元を押さえる。
昨日の夕食を――消化はもう終わっているだろうけれど、戻してしまいそうだった…
「彼女の精霊が居るということは、彼女もここに?」
『………いや、契約者はこの周辺にはいない』
「え……じゃあ、なんで彼女の精霊がここで暴れてるの…?」
『命令されてここまで来たのだろう。そして他の同種の精霊を意図的に暴走させた。………その結果があの姿だ』
私は息を飲んだ。
精霊はこんな事したくなかっただろうに…
契約者が命令したから実行して……あんな痛々しい姿に…?
「………呪い…?」
『契約した者から離れた場所で力を使えば力は弱まる。それだけならいいのだが、今回他の精霊をその意思に反して暴走させた。自然破壊もしたのだ。結果、精霊の理を犯した罪としての罰だ』
カッと私は頭に血が上ってしまった。
「そんな! 精霊だけがあんな罰を受けるの!? させたのは人間――」
『勿論、人間もただでは済まない』
その返答にピタッと私は止まる。
怒りに満ちた思考が冷静になった。
「………え…?」
『他の精霊まで自己都合の為に利用し、操ろうとした。契約外の精霊を意のままに操ろうとした報いは、今契約している人間の身に起きている』
「………そう…」
人間の欲に巻き込まれた精霊だけが理不尽な罰を受けていない。
契約者にも報いが返ると知り、私は一旦落ち着いた。
「精霊が他の精霊を操られるの…? フィーリア・ロペスの精霊は……中くらいじゃない?」
『意図的に暴走させることは可能だ。精霊の大事なもの…ここの精霊は森を大切に思っている。だからその森に火を付ければ、怒った精霊が力を抑えずにその者に怒りをぶつける。そして制御できない程に感情を揺さぶれば、こういう事になる』
ギリッと唇を噛んだ。
フィーリア・ロペス…ロペス侯爵もグルかもしれない。
…許さないっ
………もう逃げられないわよ。
精霊はこちらにあるのだから。
「水精霊…ラファエルは…」
『今治療を施しています。怪我は多いですが全てかすり傷程度。意識はないけれど命に別状はないですよ』
「よかった……」
ホッと息をつく。
そのまま水精霊は水を操り、私達もその背に乗せてくれた。
私は火精霊の方を見る。
「火精霊、暴れている精霊を拘束できる? もうこの森の中には人はいないから、多少乱暴にしてもいいと思うけど」
『ようやくか…』
私が言うと、火精霊が各精霊に向かって燃えさかる火を利用して暴れている精霊を拘束し、空中へと持ち上げた。
「闇精霊、彼ら達も時空間へ。力を放出させて落ち着いたら解放を」
『御意』
精霊達が闇に包まれ、森の外へと移動していった。
「水精霊、もう全力で消火できる?」
『はい』
雨が強くなり、火の勢いは弱まって沈静化していった。
「………ラファエル…」
気を失っているラファエルをソッと撫で、私は目を閉じた。
「………フィーリア・ロペスは、ラファエルを自分の元に無理矢理連れていこうとしたのかしら…」
「どうかな。精霊を使っての誘拐など賢い選択ではないし、何より攫った時点で彼女の首は飛ぶね」
「………そう、だよね…」
ルイスの言葉に少し気持ちが落ち着く。
こうなってしまったのは、私がフィーリア・ロペスを挑発したから…?
そう思ってしまった気持ちは、消えてくれそうになかった。
………そして…
「………っ……」
森の半分以上が灰になってしまった……
ランドルフ国の土地が……ラファエルの国が……
緑豊かだっただろう土地が……全部……真っ黒に……
ラファエルも怪我を負った…
意識もない…
自分が怪我をした時より、ずっと………痛いよ……
ごめん、なさい……
対応が遅くて……ごめんなさい…
ラファエルに怪我させて…森を守れなくて…不甲斐なくて……ごめんなさい…
私は泣き顔を見られたくなくて、ラファエルの胸元に顔を埋め、静かに涙を流した。
ついにロペス侯爵家を落とす材料を手に入れたソフィア。
次は究極精霊の力を最大限活用します。




