第158話 身体の影響は心から
「あれ……いない……」
私はローズと共に食堂に戻ったけれど、そこには誰もいなかった。
「ソフィアを探してるんじゃない?」
さっきまでラファエルと食堂で仕事していたとだけローズに伝えている。
内容はローズが怒りそうだったから黙っていた。
それに……
内容を話したらきっと、その後の事も言ってしまいそうになるような気がしたし…
ただでさえローズの前で大泣きしてしまって、ローズは私を支えられていないラファエルに怒っているようだし…
ラファエルに支えられていないなんて、一度も思ったことはないのだけれど……
心配してくれるローズがいて、嬉しくてラファエルのフォローを言い出せなくなっていた。
泣いちゃったのは自分の不甲斐なさと要領の悪さで、自分自身がいっぱいいっぱいになってたからだし…
「ここで待っていれば帰ってくるかもしれないわね。どうせ私も今日の授業出られないし、一緒にいてよソフィア」
「うん。じゃあ、この学園の教室の位置とか教えようか」
「お願い」
私とローズは向かい合わせになって座った。
そして私は学園図を紙に書きながらローズに教えていった。
………精霊学のこと、話した方が良いのかな……?
機械学と技術学は当然のこととして受け入れられるだろうけど…
どうしよう……
「ソフィア?」
「え……?」
いつの間にか手が止まっていたらしく、ローズに覗き込まれていた。
「あ、ごめん。えっと…」
「………ねぇソフィア」
「ん?」
「………辛いなら、サンチェス国に帰っていいのよ?」
「………え……?」
ローズに言われ、私は一瞬固まってしまった。
「王族同士の結婚って女の環境がガラリと変わってしまう。負担が大きいことは確かよ? でもソフィア、最近鏡見てる?」
「………鏡……?」
「侍女の化粧のおかげでしょうね。傍目にはいつものソフィアに見えるでしょうけど、私の目は誤魔化せないわよ」
「………?」
ローズの言っている言葉が理解できない。
私は首を傾げる。
「肌にハリがない」
「嘘!?」
「肌がくすんでる」
「いやぁ!?」
「目の下にクマ出来はじめてる」
「本当に!?」
私はバッと頬を両手で隠した。
「ちゃんと休んで、適度に外出してるの?」
「………外出…」
「サンチェス国にいたときのように、街へお忍びに頻繁に行ったり、庭園を散歩とかしてるの? 王宮に閉じこもっているばっかりじゃないでしょうね? 学園と王宮の往復は外出には入らないからね」
「うぐっ……」
ローズの言葉に私は反論できなかった。
………そういえば、サンチェス国にいたときは、学園が終わったら街に遊びに行って、兵士に探し回られてたりがしょっちゅうだったな…
そして“このお転婆王女め!”とよくレオポルドに怒られていた。
半分は家族に構ってもらいたいと思ってしていた行動だったんだけどね。
「ちゃんと心も休ませてあげなきゃダメよ! 女は心の負担が肌に出やすいんだから!」
「………はい…」
何も言えることがなかった。
最近外出したって言えるのは、温泉街見に行って………あれ……?
………本当に外出してないや……
ローズは凄いな…
私の顔を見ただけで分かるのか…
『主、王太子がこちらへ近づいてきています』
ひぃ!!
突然頭に声が響いて、私は飛び上がってしまった。
そ、そういえば誰か近づいてきたら知らせろって言ったっけ…
思いながら食堂の扉を見た。
「ソフィア?」
「誰か来るみたい」
「え? あ、本当ね。足音が聞こえるわ。………凄い走ってるわね」
バタバタと走っている足音が段々大きくなって、勢いよく扉が開いた。
「ソフィア!!」
「はい」
焦った表情のラファエルが大声で私の名前を呼んだ。
それに普通に返事を返す。
ガックリとラファエルが肩を落とした。
………え?
失礼じゃない?
「いた……中々帰って来ないから探してたんだ。その途中、ソフィアが呼び出されていたから時間をおいて面会室まで行ったんだけど、いなかったし」
………嘘つき。
反射的に思ってしまった。
いつものラファエルならすぐに追いかけてきてたのに、今日に限って追いかけてこないで、マーガレット達と秘密の会話をしてたくせに……
放送があった時も食堂にいたじゃない。
とは言えないから、私は心の中でラファエルに言った。
精霊に私の位置を教えてもらったらよかったのに。
『主。王太子についている精霊は我らの眷属。力は我らが当然上です。我らは眷属に探られないようにと思うだけで探索から逃れることが出来ます』
『………え……なんでそんなこと…』
『主が王太子に対し、不信感を抱いていましたので。すぐには来られないように主を隠しました』
ぉぉぅ……
そ、そんな気遣いを…
申し訳ない…
『主を泣かせた者。警戒対象です』
『い、いや…私の婚約者だから、警戒しないであげて…』
ラファエルが知ったら怒るだろうし…
「はぁ……よかった……ソフィア、一体何処に――」
「お久しぶりですねラファエル様」
私に近づこうとしたラファエル。
そのラファエルから私を隠すようにローズが間に入って笑った。
「………ローズ嬢?」
「はい。覚えてくださっていて光栄です。ですが、“嬢”はお止めくださいませ。わたくしはローズ・サンチェス。ソフィアの姉ですので」
「………は?」
ローズの言葉に、ラファエルは固まってしまった。




