第157話 想像もしていませんでした
私はラファエルに、何も言わずに面会室へ向かった。
今は最後の休憩時間だったようで、廊下で所々生徒が思い思いに過ごしている。
ラファエルが隠したがっていただろう事を――隠している事があると知ってしまった。
………なんだろう。
まだ、ランドルフ国に秘密があったのかな……?
でも、王太子として私に言ってないことはないかと聞いたときには、ハッキリないと言っていたし…
………じゃあ、私個人に対して言えないこと、かな……?
マーガレットとスティーヴンには言えることのようだし…
国政関係ならマーガレットは知る必要ないことだろうし…
………なんなんだろう。
………悪いこと……じゃないよね……?
それとも……私、やっぱり何かしでかしたのかな…
マーガレットに無意識に嫌なことしちゃってたとか……
………ダメだ。
思考がどんどん暗くなっていく。
私は王女、私は王女。
言い聞かせていたら面会室についた。
軽くノックをする。
『はい』
中から女の人の声がした。
………何処かで聞いたような、聞かなかったような…
「ソフィア・サンチェスです」
『お入りください』
自動的に扉が開き、事務員の顔が見えた。
ああ、この人の声だったか。
数回しか聞いたことがないから、耳慣れない声だったようだ。
「失礼しますわ。わたくしに面会者が…来て……い…」
ヤバイ…
面会者を見た瞬間に、涙腺が緩んできた。
「面会者は貴女でしたか」
涙声にならないように必死で堪える。
「お久しゅうございますソフィア様」
「はい。お元気そうで何よりですわ。ご苦労様でした。後はこちらで対応します」
最初は面会者に、次に事務員にそう言うと、彼女は頭を下げて出て行った。
完全に足音が聞こえなくなるのをドアを見ながら待ち、間違いなく去って行ったのを確認し、私はバッと振り返って面会者に駆け寄った。
もう涙は我慢できなかった。
「ローズぅ!!」
「まぁ、ソフィアったら泣き虫さんね」
ガバッと私は抱きつき、ボロボロと涙は流れるまま。
面会者はローズだった。
しかも…
「何でローズがこの学園の制服着てるのぉ!」
「ふふ。こんなに驚いてくれるなんて、内緒にしていたかいがあったわね。でもソフィアも悪いのよ? お手紙の返事が遅すぎるし」
「ごめんんっ!」
泣きじゃくる私の背をローズが微笑みながら撫で、私が落ち着くまで待ってくれた。
ローズに会いたいと思ったら、ローズがいるなんて、まるで示し合わせたかのようなタイミングだ。
私は夢でも見ているのだろうか、とさえ思う。
こんなに近くにローズの体温を感じられるのに。
数分後、私は落ち着きゆっくりとローズから身を離す。
「ごめんなさいローズ…私…」
「もう。またソフィアは無茶してるでしょ」
「………え?」
無茶…?
何のことだろう…
「ここに入って来た瞬間から分かったわよ。いい? ソフィア」
「は、はい…」
ズイッとローズに顔を近づけられ、私は上半身が反り気味になる。
う……結構キツい…
「貴女は今学生なの!」
「………はい?」
「王女の貴女は今要らないの!」
「………ん?」
「今休憩時間でしょ! ある程度は仕方がないけれど、1人でいるときぐらい肩の力を抜きなさい!」
「は、はい!!」
ローズに言われ、私は直立不動になった。
「全く……こんな事だろうと思ったわよ」
腕を組んでため息をつくローズ。
………あれ?
感動の再会のはずが、説教になってる……?
「変わってないわねソフィア。無駄に王女でいようという姿勢」
「む、無駄……」
「貴女はお転婆でいる時が1番いい顔をしているのに。それすら出せないランドルフ国に、ソフィア1人で置いておけるわけないじゃない」
「え……」
ローズの言葉を反芻する。
そしてローズの服を改めて見る。
「………ローズ……こっちで……一緒にいてくれるために……?」
「だって、段々貴女から手紙の返事が遅くなってたもの。文面から読み取れるほど空元気なのも時々あったし。心配しないわけないでしょう。ラファエル様はソフィアを大切にしてくれてるだろうけど、ランドルフ国民からソフィアは腫れ物扱いなのは想像つくし。可愛いソフィアを1人にしてたら絶対キャパオーバーになるだろうし!」
「………」
な、何も言い返せない…
しかもキャパオーバーって……
わ、私言ってたことがあったのかな…
「女同士じゃないと分かりあえないことだってあるし。こっちの令嬢にソフィアが腹割って話せる相手いないでしょ?」
グサッと心臓に言葉が刺さる。
………っていうかローズ…
相変わらず素は私のような喋り方なんだね…
嬉しいけど。
「苦労したわよ? ソフィアに会いたいって言ってもお父様もお母様もお姉様も王様も許可してくれなかったもの。唯一の味方が王妃様とレオポルト様だったのだけれど、御2方でも説得されてくれなかったのよ。仕方ないから…」
言葉を切ったローズに首を傾げる。
「仕方ないから?」
「ソフィアに会えなくて死んじゃいそうだから勘当して公爵家から除名してって言って、出て来ちゃった」
語尾に音符とかハートとかついていそうなくらい、満面の笑みで言われた。
「成る程………………………………………………って………えええええええええええええええええ!?」
そ、そんな明るく言うことじゃない!!
思わず納得してしまいそうになったじゃない!!
「野宿とか楽しかったわ。この学園には王妃様の推薦状と、ギュンター公爵家の名前使って強引に編入したけどね。元公爵令嬢で、今は王家の養子になったの。王妃様がこっそり手続きして下さったのよ。だから私はここではローズ・サンチェスね! というわけで、今からラファエル様おど……説得して、ソフィアと同じ王宮で住めるようにしてもらうからね! これからは一緒よ!」
ローズが滅茶苦茶男前に!?
今ラファエル脅すって言おうとしたよね!?
お母様もお父様に内緒で養子縁組しちゃダメでしょ!?
正式に許可されたならもう取り消せないから、何もできないけど…
「さて、私の可愛い妹のソフィア泣かした王太子様にも会いに行こうかしら」
あれぇー…
私置き去りにされてる感が…
………まぁ、いいか…
ローズは思い切りが良い性格だし、私が何を言ってももう変わらないだろう。
「………ということは、ローズが本当のお姉様になったって事…?」
「そうよ! でも、ローズって呼んでね? 私はソフィアのお友達兼姉だから。お友達優先よ!」
人差し指を立てて言い切るローズに、私は笑った。
「もとよりそのつもりだよ。だって、ローズは私の1番のお友達だもの」
「ふふっ」
私の言葉にローズは笑い、抱きしめてくれる。
「もう、大丈夫だからね。よく頑張ったねソフィア。今まで1人にしてごめんね。泣いて、いいんだよ」
「………っ」
ローズの言葉にまた私は涙腺が緩くなり、うぇーんと子供みたいに泣いてしまった。
昔から知っているローズがいるだけで、私は今までの苦労とか苦しみ、全てのことから解放されたような気がした。
ラファエルといるのは確かに嬉しいし愛しい。
ソフィーといると安心する。
影達は頼りになる。
でもローズのように“泣いていい”と……心を解放されるような、息をつかせてくれるような、まるで家族のような言葉をかけてくれる人はいない。
ラファエルが何かを隠していることを知った。
マーガレットが距離を置いていることを知った。
怖かった。
そんな事を思っていることを悟らせちゃいけないって、思った。
私に言えることならラファエルは言うだろう。
言えないなら仕方ない。
気にしてるなんて絶対顔に出せない。
忙しいラファエルを困らせちゃいけないって、思った。
不安な心を見せたら、ラファエルの負担になる。
ラファエルは国の為に仕事してる。
ちょっとでも休んで欲しいし。
私と一緒にいたいと望んでくれてるのも知ってる。
時間があるときは一緒にいたい。
でも人目があったらやっぱりそれは出来ない。
学園恋愛?
ここに来てからそんな事した覚えがない。
ソフィーの前では王女の形を何処かに残していなきゃって、思ってた。
影達には軽口はたたけるけど、一線を引いておかなければならない。
ラファエルの腕の中で泣いたことはある。
ソフィーが作ってくれた庭園を見て嬉しくて泣いた。
………でも、苦しい時……泣いていいと言ってくれる人はいなかった。
王女なんだから泣いちゃダメ。
それが当たり前で、どんなことがあっても泣くような事があってはならない。
泣きそうになっても押しとどめるのが王女。
王宮でも学園でも、私……王女は…泣けるところが1つもないことに……今、思い出した。
王女に泣いていいなんて言う人は、いるはずもない。
だからだと思う。
ローズの言葉に凄く安心してしまったのは。
今度の私の涙は、止まる気がしなかった。
ローズと王家の養子縁組の事情は後日判明いたします(笑)




