第147話 責任から逃げるのは許さない
フィーアは自分の罪から逃げようとしている。
まずはその気持ちを消してしまおう。
「フィーア・ロペス侯爵令嬢。貴女はわたくしソフィア・サンチェス殺人未遂の犯人ですわ。楽に死ねるなんて思っていないでしょう? 一生その罪と向き合いなさい。わたくしが命を落とすその時まで、貴女はわたくしの命を守りなさい。王族の命を脅かした罪、簡単に許す気は更々ないわ。奪おうとしたその力で、守ってみせなさいな」
私の従者となればフィーアは私の名の下に、父親と姉から引き離せられ尚且つ支配から解放させてあげられる。
こういう事を言えば、私は王女として甘すぎると言われるのだろう。
けれど彼女が傍にいれば、彼らに私が犯罪の証拠であるフィーアを手にしていると知らしめられる。
敵に証拠を握られていると知れたら、さぞかし悔しがるでしょうね。
今回の件で実際に殺人未遂の罪に問えるのはフィーアだけ。
ロペス侯爵が命令した証拠は何処にもない。
彼女だけがやったと言われれば、何も反論できない。
せいぜい身内から犯罪者が出たということで、慰謝料か、侯爵の地位から格下げされる程度の痛手だろう。
精霊で起きた事件はサンチェス国に報告されないのをあらかじめ知っているから、楽観視しているだろうし。
でも……そんな事させると思う…?
私は怒ってるのよ。
私は後回しでいい。
だって、私が大事なのはラファエルだもの。
――そのラファエルを泣かせた罪は、その程度では生ぬるい。
私を怒らせた罪を軽く見てもらっては困る。
その罪は償ってもらうわ。
私はフィーアに向かってニッコリ笑った。
その私の顔を見て、フィーアが真っ青になってしまった。
「………とは言っても、わたくしはサンチェス国からの客人で、貴女を裁く権利はない。権利があるのはラファエル様です。先程のはラファエル様がわたくしの言葉を受け入れてくださったらの話ですわ。ラファエル様が貴女を処罰すると言えば、それに従ってくださいな」
「………ぇ…」
「王族だからと言っても、わたくしは元々人を裁く最終的な権利を持ち合わせてはおりません。意見を問われれば罪を裁く者として1票投じますが。ランドルフ国の民を裁く権利は勿論ございませんよ」
「………」
人を裁く覚悟があると言ったのは、あくまでそういう事。
けれど、私の意見も採用されることになれば、私も処罰の責任を負う。
………いっそ、私だけで処分が下せれば楽なんだけど…
そうも言ってられないよね………決まりなんだし……
こういうの、厄介だと思うよ…
「貴女がいくら懇願しようと最初からわたくしが処罰を下すことはありえません」
私に対処させて欲しいとラファエルに言ったのは、前の言葉を伝えたかったからだ。
フィーアが犯人だったら、気弱そうな彼女は逃げると思ったから。
侯爵・子爵の両令嬢だったらどうでも良かった。
彼女たちは私の言葉を聞くことは無いだろうから。
早々に処分してくれても構わなかった。
根っからの悪人相手は私には無理だし。
――そして、私はフィーアに対して違う事で怒っている。
今回の私への攻撃に対してじゃない。
実は、ここからが私の本題なのよね。
「貴女はわたくしに、処分をと仰いましたね?」
「………はい」
「それは、死を覚悟しているということで理解して宜しいですわよね?」
「………はい」
頷いたフィーアに、私は思わず目を細めてしまう。
「その言葉を口にした貴方は反省すべきです」
「え……」
「一年も時が経ってないですよ。前までのランドルフ国の状態を覚えていないとは言わせません」
フィーアが瞬きする。
私の言葉を分かっていない。
「この国で、沢山の餓死者を出した貴族の一員でしょう」
「………ぁ……」
そう。
彼女は貴族。
なにも権力がない平民とはわけが違う。
「貴女は民に対しても罪悪感を持つべきです。そしてその責任を果たすべきです。それもせず、私への攻撃命令に――邪魔だから消せという言葉に頷き実行した上、これ以上やりたくないから処分してくれなど生から逃げる者を、このわたくしが許すとお思いですか? 自ら命を絶つようなことを仰る人間に、わたくしは決して楽な道を選ぶことを許しませんわ。民を犠牲にして自分たちが生きている事を自覚なさい。貴族として生まれた以上その責任を果たさなければなりません」
そしてそのまま自分の言葉がブーメランで返ってくる。
………ごめんラファエル。
王族の自覚が足りないよね私。
もっと自分を守らなきゃ…
自分の力を使って身を守り、民を豊かにするのが私の務めだよね…
うん、精霊の力のコントロール頑張ろう。
っと、反省はあとあと!
「わ、私は………」
「愛人の子だからそんな責任はないと?」
「そ、それは………っ」
それならラファエルも王太子なんてする必要がなくなる。
でも、そうじゃない。
人は生まれながらに階級ごとに分けられ、その責任を負う。
彼女だけが例外なんて、ありえない。
「今貴女が生きているのは、民の食を生活を財産を奪った結果なのよ」
「っ…」
「貴女の罪は私への攻撃だけじゃないのです。それを自覚なさい」
ボロボロ泣き出す彼女から視線を外し、私は息を吐いた。
ラファエルは私の言葉を聞いてくれるだろうか?
ダメの一点張りだったからな……
私が言った対処するって言葉が悪かったんだろう。
多分私の言葉が相手を裁くって聞こえたんだろうな…
私がランドルフ国民を処罰することはないのだけれど…
被害者の私の意見を聞いてくれないということは、さっきの意見も通りそうにないけどね。
冷静になればラファエルのあの時の気持ちが分かる。
私もラファエルも頑固な時は頑固だからね…
これも要注意。
でもまだ相当ラファエルも怒ってるよね…?
………う~ん……今はこれ以上どうしたらいいか分からない。
とりあえずラファエルを待とう。
ソフィーにお茶を願い、泣いているフィーアを眺めた。
私が泣かせたし、貴族としての責任を放棄しようとした以上、慰めるわけにはいかなかった。




