第146話 事情聴取です
「さて、落ち着きましたか? フィーア・ロペス嬢」
「は、はい……」
数分後、私は侯爵令嬢のフィーアと対峙していた。
ソファーに座らせ、両手首は縛られている。
私は対面側のソファーへライトに運んで貰った。
ロペス侯爵の次女。
彼女は愛人(侍女だったそう)の子で、姉のフィーリアとは腹違いらしく、随分肩身の狭い思いをしていたようだ。
名前も一文字違いって。
………あんまりにもな屈辱だよね。
ラファエルのように、小さな頃は母親と侍女部屋でひっそりとした生活をしていたらしい。
けれど、彼女が学園に入る前に母親が亡くなり、フィーア・ホールからフィーア・ロペスになったとか。
………ホールって……確か召使いって意味じゃなかったっけ……?
記憶違いであって欲しい。
逆にロペスとは狼の子……だったっけ……?
野心強そうだね。
「も、申し訳ございませんでした王女様! 父の命令だったとはいえ、私はなんて事をっ!」
「………そうですね。貴女のしたことは、ランドルフ国どころか、サンチェス国との同盟を危うくする所でした」
「っ!」
ボロボロと涙を流す彼女は、本当に悪いと思っているようだった。
「………あの時貴女は1人ではありませんでしたわよね? 他に誰がいましたか?」
「そ、れは…」
言い淀む彼女。
父親の命令だとは言えたのに、そこは言えないの?
「貴女の姉と、子爵家の令嬢」
私が言うと、ビクッと彼女が反応した。
………正解か。
「3人いて、実行するのは貴女だけで行ったんですか?」
「い、いえ……最初は3人で同時に精霊を……」
観念したのか、今度はあっさりと口を開いた。
「ですが、裏切られて貴女1人の実行だったということですね」
「………はい……本当に……申し訳ございませんでした……」
彼女は嘘は言っていない。
「精霊が暴走したと聞いてます。理由はまだ分かりませんか」
「………はい……すみません……」
その彼女の精霊はというと……
「………」
………可笑しい。
気のせいかと思っていたけれど、彼女の背後にいる精霊は、心ここにあらずといった様子だった。
酷く不自然だ。
ソフィーに目配せするも、首を横に振られた。
原因はソフィーには探れない…
………なら、もう彼らに頼むしかないか…
で、出来るかな……
思わず不安になってソフィーを見ると、思いっきり頷かれた。
………うわぁ……相変わらず私の心を読んでいらっしゃる…
「仕方ない…」
究極精霊に見てもらうしかない。
けれど、彼女の精霊の様子を探るのに、誰が適任なんだろうか……
そう思っていると、ふわっと私の髪が重力がないという風に浮いた。
………これは……風?
究極風属性精霊が自分にやらせろと言っているのだろうか?
「………風精霊」
私が呼ぶと、ぶわっと私の周りを囲むように竜巻風の風が起こり、私は思わず目を閉じた。
「きゃぁ!?」
フィーアが悲鳴を上げ、ライト達影は臨戦態勢を取り、ソフィーは落ち着いた様子で立っている。
………いや、何この状況。
フッと風がやむと、ちょこんと机の上に小さな白い虎がいた。
「………ん?」
私は妙な既視感に首を傾げた。
何処かで見たような覚えが……
何だったっけ…
私が首を傾げている間に、風精霊は彼女の精霊に向き直り、精霊に向かって飛びかかった。
………って、ええ!?
ビックリしていたけれど、風精霊は彼女の首筋から何かを咥え千切った。
『このせいで、この精霊は操られていた状態になっていたと思われます』
風精霊が何かを咥えたまま、戻ってくる。
彼女の精霊はパチクリと目を何度も瞬きさせ、キョトンとしていた。
フィーアは自分の精霊を見て、風精霊を見て、と交互に首を動かしていた。
あれ?
風精霊が見えている?
『私の声は聞こえていませんが、姿を見せています。主が精霊契約者だと分かれば、そうそう手を出さないでしょう』
………いや、ロペス侯爵達はともかく、彼女はもう私に攻撃してこないよ…
そんな心配要らないって…
「………それ、なんですの?」
『精霊に効く呪いの首飾りですね。つけた者の言うことを聞く。精霊契約者の声は届かなくなります』
「………操り人形にするための首飾り……?」
私の言葉に、ビクッとフィーアが反応する。
「では、誰かがフィーア嬢の精霊にそれをつけて操っていたために、わたくしへの攻撃に威力が出たんですね。候補は父親か姉ですね」
キッパリ私が言うと、フィーアが俯いてしまった。
どうやって契約している精霊を見て、そして首飾りを付けたのかは分からないけれど。
「あ、ごめんなさい」
「いいんです! ………事実ですから。ラファエル様に取り入って、ランドルフ国の国政を今まで通りに戻そうとしている人達です。そんな人達に物扱いされている私です。王女様! 私を処分してください! 私が王女様に怪我をさせた張本人です! ですから、私を!」
フィーアの言葉は、死にたいと言われているように聞こえた。
もう生きているのが嫌だと。
それが痛いほど伝わってきた。
………けれど…
私はソフィーと視線を合わせた。
私の心を読んだだろうソフィーは、少し肩をすくめ、呆れたように頷いた。
………悪いね。
「ライト」
「はい」
「ラファエル様にお越しくださるよう伝えてください。その時、服従チップも持って来てくださるようにと」
「………は!?」
「内容は、“ラファエル様とわたくしに一切傷をつけないこと”“わたくしの命令には何があっても従うこと”“ラファエル様とわたくしを裏切らないこと”“精霊の力は犯罪に使わないこと”はい、行ってください」
「待ってください! 彼女を罰しないどころか、従者にするつもりですか!?」
ライトの言葉に、ハッとフィーアが私を見てきたけれど、目を合わせずライトに顔を向ける。
「罰はありますわよ」
「さっきのがどう罰になるんですか!!」
「ナルサスとある意味一緒です」
「は!?」
「彼女はわたくしを傷つけた負い目から死にたがっています。では逆に生かしてわたくしの傍に居続けさせる。これはどんな罰よりも罪悪感で苦痛を味わいます」
私の言葉に、ソフィー以外がピシッと固まった。
「しかも貴女はチップを埋め込まれた時点で逃げ場がありません。埋める前に逃げたら貴女の望み通り死ねますよ。わたくしの従者が地の果てまで追いかけますから」
サァッとフィーアの顔色が悪くなっていく。
「ですがここから出るにはわたくしの従者全てを相手にしないといけないですから、どのみちここから出られませんが」
再度私はライトに手で合図する。
今度こそライトは出て行った。
私はソフィーに支えて貰いながら、ソファーから立ち上がった。
さて……ラファエルが来るまで、フィーアの考えを改めさせてもらいましょうか。
私の意見は言えたし。
あくまで彼女を裁く権利はラファエルだけが持っている。
ラファエルの最終判断がどうなるか分からないけれど、私はさっきの罰を与えて欲しい。
でも、それよりも私は別の事で彼女に対して怒っていた。
それを、分からせないと、ね。
ニッコリと私はフィーアに微笑んで、口を開いた。




